研究課題/領域番号 |
20K00187
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
尾崎 彰宏 東北大学, 文学研究科, 名誉教授 (80160844)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | レンブラント / ネーデルラント / アジア / フェルメール / オランダ / 有田焼き / グローバリズム / 白と黒 |
研究実績の概要 |
レンブラントとフェルメールと〈アジア〉の研究は、消費者の美的な趣味の双方から、〈アジア〉のイメージがもった意味を説き明かしていく必要がある。そうした探究によって、ネーデルラント/オランダ美術の展開がヨーロッパ内の自立した展開の結果ではなく、ヨーロッパの世界展開と軌を一にしたグローバリズムを背景にしていることが明らかになるはずだ。 〈アジア〉の事物とそこに描かれたイメージが、オランダにインパクトを与えたのは、単なる偶然の結果ではなく、オランダ美術がヨーロッパ内部の宗教的・芸術的動向と呼応する形で受容されたからである。そのプロセスをたどることで、〈アジア〉からオランダへ、またその逆にオランダから〈アジア〉へ伝播した有田焼きの白や図像モチーフなど感性に強く働きかけた感性の変容を理解することができる。つまり、その変容が美的な趣味であり、ファッション性にあるということである。 そうした研究成果から、〈アジア〉の陶磁器などに描かれたイメージが一方的にレンブラントやフェルメールの時代に受け入れられたのではなく、北ヨーロッパ内部の美的感性の変化に呼応する形で起こったと考えることができる。私が注目しているのは「白」と「黒」に対する意識の変化である。白はキリスト教においてはネガティブな色であったが、16世紀の偶像破壊運動以後、肯定的な色へと変わった。こうしたヨーロッパの美意識の変化が、陶磁器など〈アジア〉の白を受け入れる下地となった。一方、黒を「色彩の女王」と称したティントレットのように、黒は独特の意味あいをヨーロッパ文化のなかにもってきた。黒は、レンブラントにおいて特別な意味があった。 〈アジア〉のイメージが、ヨーロッパ内部の展開の必然性と深く絡みあっていることを具体的に明示することで、一過性のものではなく、時代を超え、形を変えながら展開していくことをあきらかにできた点に研究実績がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年に『静物画のスペクタクル』(三元社)を刊行するところまでは、ある程度順調に研究が振興しており、それを発展させるかたちで、以下の研究にかんして実地調査を行い、文献資料の確認と作品資料を実見する予定であった。(1)レンブラント芸術の課題である「魂の表現」と「黒」との関係を解明する。とくに、エッチングにおいては和紙を使用することで描かれた人物の内面の心の動きを巧みに表現できる媒材として用いられている。(2)西洋紙を用いた場合、またステートの違いごとに研究し、その違いが鑑賞者にどのような魅力として映ったのか、レンブラントの弟子ファン・ホーホストラーテンや18世紀の美術理論家デ・ライレッセ等の文献を手がかりとして解明する。また「黒」は〈アジア〉から輸入された漆器の色でもある。漆器と美術の関係についても、VOCと関連するアジア各地の海外調査を重ね、研究を進展させる。日本において実施できる文献読解は進めたが、コロナ禍のため肝心の現地調査が行えず、実際の作品研究に至っていない。当面コロナ禍が継続されるものと考え、今年度については、研究方法について微調整を加えて、日本での関連文献研究にある程度シフトしたかたちで実施したい。幸い日本国内のコロナ禍は大分落ちついてきたので、国内での調査を重ねて研究の遅れを取り戻したい。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度には、これまでの蓄積に基づき、研究報告を兼ねて「シンポジウム」の開催や研究報告書の刊行を目指したい。 現在、欧米におけるオランダ美術研究をグローバル・アート・ヒストリーのケーススタディとみなす研究者たち、ヴェスタステイン、トマス・ダコスタ・カウフマン、ミハエル・ノースなどの研究者は、一種の「オランダ中華思想」的なアプローチをとり、オランダ美術が世界にどのように拡散していき、いかに大きな影響を及ぼしたのかという研究にもっぱら関心を向けている。近年、日本では小林頼子がオランダ美術の日本美術への影響、幸福輝がレンブラントの和紙の使用について研究を行い、レンブラントが芸術的な効果をあげるために、いかに和紙を珍重したかを実証的に跡づけている。こうした研究をうけて本研究では、〈アジア〉の事物やイメージ群がオランダの感性をどのように変えたのかという消費者の側にも注目する。 美術作品の消費という視点では、美術市場が重要になる。17世紀オランダの美術市場については、拙著『レンブラント工房』において、レンブラントの市場戦略について分析した。しかし、あれから四半世紀が過ぎ、その後の研究蓄積も進んだことから、拙著を改訂する必要がある。レンブラントの美術市場とその戦略について、彼の破産にいたったプロセスを再検討し、またオランダの美術市場の変化を加味して、再検討をおこなう。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)当該研究が、海外調査によって入手した文献資料を精読し、絵画や版画資料を精査する必要があるが、昨年同様コロナ禍のために予定していた海外調査ができなかった。そのため、予算において繰り越しが生じている。 (使用計画)今年度は昨年度までの準備研究を踏まえて、関連性をさらに広げたかたちの文献読解などデスクワークを通じて研究の精度をさらに高めていく。またコロナ禍の事情が改善されてきた場合、フランス、オランダ、イギリスなどの美術館や図書館において絵画資料ならびに文献資料の調査を進め、論文執筆などを進めていきたい。そのための会議や資料調査もおこなっていきたい。くわえて、ワークショップなどの計画も積極的に計画していきたい。
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