予定の研究期間を1年延長して迎えた最終年度の2023年度は、この3年間の研究成果のいくつかを出版物として公表することができ、安堵している。まずは2024年3月に『音楽学』に掲載された共著論文「箕作秋吉の五度和声理論にみる異文化共存ー音楽の国際連盟を目指して」(香港中文大学のWai Ling教授との共著)は、本研究課題の総まとめに位置付けられる。箕作秋吉の五度和声理論(1934年にドイツ語、フランス語、日本語で発表)は今日までに定着するような特別新しい発見であったというわけではないものの、日本国内では「日本和声」として、そして海外ではフーゴー・リーマンの和声二元論を応用した日本の和声理論として注目が高かった。理論そのものの斬新さや意義を客観的に証明することは困難であり、苦労したが、彼の文化政治的な活動、それも戦前の日本を代表する作曲家として国際的に活動した点に注目し、言葉よりも戦前から戦後にかけての「理論の変遷」に焦点を当てることで、箕作の和声理論が、敵対する立場や国の人々の調和を目指す「異文化共存」を目的とする理論構築であったことが見えてきた。これはこれまでに世界中で誰も指摘していない研究成果であり、とりわけ、今日の日本音階理論として世界でも認知されている小泉文夫の理論への接続も垣間見えたことは、大きな収穫であった。 2023年度はそのほか、3冊の共著・編著を出版することができた。とりわけ共同で編著を務めた『ベートーヴェンと大衆文化』(2024年1月)への寄稿論文では、ベートーヴェンを研究対象とした音楽学者・ロマン・ロランに焦点を当てて、ロランの「ベートーヴェン」像がフランスから日本へと伝わる過程と、その政治的メカニズムを明らかにし、本研究課題の背景事象として大いに展望がひらける研究成果となった。
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