研究課題/領域番号 |
20K00289
|
研究機関 | 奈良女子大学 |
研究代表者 |
鈴木 広光 奈良女子大学, 人文科学系, 教授 (70226546)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 未来記 / 分析書誌学 / 政治小説 / SF小説 / 内地雑居 / 翻訳小説 |
研究実績の概要 |
(1)明治以降の近代の「未来記」について、書名に「未来」とあるものも含めてほとんどの刊行物の現物を収集することができた。結果、近代の「未来記」が扱うトピックと書物の形態の変遷を把握することができた。明治11年以降「未来」を冠する書物はしばらくの間は、翻訳書がほとんどである。SF小説やロシア語論文からの翻訳地政学書『一島未来記』などジャンルは様々であるが、近藤真琴の『新未来記』を除くといずれも、洋装で活字組版や紙質などにも意を払った丁寧な作りの書物である。明治18、19年になると時局に応じて二つのトピックを扱う「未来記」が数多く出版される。ひとつは明治23年の国会開設まで5年を切り、その問題が明らかになってきたことを論じる「二十三年未来記」で末広鉄腸ほかいくつかの類似タイトルのものが刊行された。ただし、その狂騒はほとんど明治19年、20年を以て終える。同時期に内地雑居に関連して、坪内逍遥の『内地雑居 未来之夢』、『内地雑居経済未来記』などが刊行された。『未来之夢』を除くと、「二十三年未来記」や内地雑居関係はいずれもボール表紙本で刊行されている。明治20年代には「未来」を冠する書物の出版は低調になるが、その後は、もっぱら日露戦争や日米開戦を扱う戦争関係の「未来記」が世に出回るようになる。形態としては雑誌の付録や新聞の号外を模した形態のものになり、戦争を娯楽として消費することを目的として出版形態をとるようになる。当該の戦争よりも前に戦争を煽るかのように出版されているのが特徴である。近代日本の「未来記」は以上のような変遷を経ていることが明らかになった。 (2)A・ロビダの『20世紀』(1883年)の日本語訳が明治18年から20年にかけて三種出版された。これらの翻訳の影響関係について原典を対照して明らかにした。『世界未来記』は、内地雑居を意識して抄訳していることが明らかになった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)資料の調査、収集は計画通り概ね完了することができた。ただし、それらの整理と書誌的記述については、継続中である。近代日本における「未来記」のトピックと書物の形態の関連性を変遷の形でおおよそ把握することができたが、論文の形で公にするのにもう少し時間がかかる。 (2)A・ロビダのフランス語原典『20世紀』の明治における三つの翻訳「未来記」については、原典と日本語訳の対照、三つの日本語訳どうしの対照を終え、翻訳の特色、翻訳文体の特徴、訳書どうしの参照関係について明らかにすることができた。また蔭山訳の『世界未来記』は、原典のトピックのうち、ファッションや芸術に関するものをほとんど訳出せず、政治形態や法律、裁判、人々の交通による言語の融合などの内容に偏していることから、国会開設や内地雑居という国内の「未来記」のトピックを意識して抄訳していることを明らかにすることができた。この内容については2022年度内に論文として公表する予定である。 (1)と(2)を総合すると「おおむね順調に進展している」という自己評価になる。
|
今後の研究の推進方策 |
最終年度(2022年度)は、A・ロビダ『20世紀』の日本語訳をめぐる論文の公表を第一目標に考えている。また対馬の地政学的重要性を論じたロシア語論文とその日本語訳『一島未来記』について、陸軍が関与した翻訳の背景を含めて成立事情を探りたいと考えている。本研究課題は明治以降の「未来記」のトピックと書物の形態との関連を総合的に描き出すことにあるが、内地雑居や国会開設、戦争未来記についてはおおよその変遷を把握できたので、最も雑多な初期の翻訳物について、重点的に調査分析を行いたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
コロナの影響で調査旅費や画像撮影の費用を使用することがなかったことが第一の理由である。また資料の古書現物購入について、様々な古書店の売値を厳密に比較して購入した結果、予定していた額よりも安価に購入できた。次年度については、現物をデジタル画像で撮影して、貴重古書を書誌学的に公開して利用できるように、機材の購入か撮影を業者に依頼して撮影を行うことを計画している。
|