神奈川近代文学館所蔵の久生十蘭(1902~57)関係資料を調査し、久生十蘭作品と照らし合わせた結果、研究期間を通じて以下のような成果を得た。 研究論文として以下の3点を公表した。1「「坊っちやん」と『夢酔独言』、スティーブンソン、久生十蘭「湖畔」」(2020年5月京都漱石の会「虞美人草」25)。2「「白雪姫」の材源と語り――久生十蘭論VIII――」(2020年6月「国語国文」)。3「盂蘭盆に帰る霊――久生十蘭論IX――」(2022年10月「国語国文」)。 その他、以下の新見を得た。1「遣米日記」「公用方秘録二件」「不滅の花(インモンテル)」「ヒコスケと艦長」など幕末維新期を扱う歴史小説の共通材源として徳富蘇峰『近世日本国民史』が想定される。2「犂(カラスキー)氏の友情」(昭和14年)の材源はジュール・ロマン「ル・トルアデック氏の放蕩」(昭和3年第一書房『近代劇全集』23所収)である。3「黒い手帳」(昭和12年)でルーレットに勝つには「勝負にたいする絶対の無関心、純粋に恬淡な心が必要」というのも、「ル・トルアデック氏の放蕩」の主人公の態度に依拠した可能性が高い。4「内地によろしく」(昭和19年)の仙台浄瑠璃は式亭三馬『浮世風呂』前編下に拠る。5「新西遊記」(昭和25年)の材源を久生十蘭遺品封筒中の記事から具体的に確定。また「新西遊記(補遺)」草稿は『西蔵旅行記』14回~31回の記述を圧縮したもので、虚構性は低い。6「鈴木主水」(昭和26年)における主水とお糸の関係は、菊池寛「藤十郎の恋」(大正8年)の坂田藤十郎とお梶の関係による。7「母子像」(昭和29年)「青髯二百八十三人の妻」(昭和28年)で主人公が女を豚だというのは、シェイクスピア『ハムレット』三幕四場のハムレットの台詞による。8「つめる」(昭和9年)の虫歯痕の例から、「湖畔」の水死体は陶本人とはいえない。
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