研究課題/領域番号 |
20K00321
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研究機関 | 大東文化大学 |
研究代表者 |
藏中 しのぶ 大東文化大学, 外国語学部, 教授 (40215041)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 碑文 / 題画 / 禅 / 大安寺 / 淡海三船 / 文心雕龍 / 馬琴 / 八犬伝 |
研究実績の概要 |
墓誌・墓碑・碑文と大安寺三碑の再検討によって、古代日本の《伝・賛と肖像》の様式は、仏教の師僧の《肖像》に対する《賛》が主文とし、その「序」が伝という碑文体に始まることが確認された。日本古代の伝の生成史において、伝という文体・文学ジャンルが確立しなかった要因は、『文選』に伝の篇章がなく、伝の内容をもつ文体が分散して収録されたことによる。『文選』「頭陀寺碑文」を出典とする宝亀六年(775)『大安寺碑文』撰者淡海三船は『文心雕龍』に立ち返り、「碑文」体を確立した。その大安寺文化圏の出典体系は、延暦九年(790)肥後国「浄水寺南大門碑」等、地方寺院にも伝播している。 《伝・賛と肖像》の系譜は、大安寺の渡来僧の高僧伝、天平宝字四年(760)以降「道セン碑文」・神護景雲四年(770)『南天竺婆羅門僧正碑并序』に発祥する。ただし、唐僧思託撰の天平宝字七年(763)~宝亀二年(771)『大唐伝戒師僧名記』、延暦七年(788)『延暦僧録』が列伝体であり、宝亀十年(779)淡海三船撰『唐大和上東征伝』巻末の鑑真追悼詩群が戒・禅の対句から成り、「道セン碑」が北宗禅の系譜を記す。渡来僧のもたらした禅は再検討を要する。 平安朝、大同元年(806)空海の「真言五祖師像」将来が画期をなし、天長五年(828)空海撰『故僧正勤操大徳影讃并序』、さらに『本朝文粋』『続本朝文粋』『朝野群載』の「讃」の部門へと展開する。《伝・賛と肖像》は、唐宋代の禅を経由して大きく展開を遂げ、謡曲・連歌・俳諧・和漢聯句や俳画・摺物等、《座の文芸》の題となる。《伝・賛と肖像》の関係論の根底には禅がある。後世からの照射として、曲亭馬琴『南総里見八犬伝』口絵・挿絵を《伝・賛と肖像》の集大成として検討したところ、白隠の禅画と『正法眼蔵』を出典とすることが確認された。《伝・賛と肖像》が日本文化のある側面の本質を示すという手応えを感じている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
《伝・賛と肖像》の展開には、唐宋代の禅が大きな役割を果たしている。「道セン碑文」は北宗禅の系譜を記し、『唐大和上東征伝』巻末の鑑真追悼詩群は戒・禅の対句構成、弟子の唐僧思託撰『大唐伝戒師僧名記』『延暦僧録』は列伝体の集成僧伝である。『史記』列伝に発祥した列伝体の伝の様式は、高僧伝や唐宋代の禅宗史伝で展開を遂げ、さらに中近世の文学に影響を及ぼした。日本文化は中世に大きく変貌を遂げるが、その底には禅があり、《伝・賛と肖像》の関係論はこの構造を端的に示す。禅宗寺院のネットワークから、茶の湯・謡曲等の諸芸能、連歌・俳諧・和漢聯句・摺物等の《座の文芸》を検証する必要がある。 絵で文学を解説する絵巻・絵入り百科事典・絵入り版本には、さまざまな文化のコードが埋め込まれている。《伝・賛と肖像》の構造を備える曲亭馬琴『南総里見八犬伝』は、白隠の禅画の影響のみならず、物語構造の奥底に禅を潜ませる。近世知識人のネットワークで活躍した博識の馬琴の《伝・賛と肖像》を追究し、禅宗史伝の影響の本質と構造を解明する。 一方、《伝・賛と肖像》には、題画文学という観点が不可欠である。弘仁五年(814)九月十七日正倉院御物屏風を出蔵沽却した嵯峨天皇は、弘仁七年(816)六月二六日空海に呉綾錦繍五尺屏風四帖を遣わして屏風詩の揮毫を命じ、八月十五日空海は十韻詩草書を奉献、嵯峨天皇は御製詩を下賜し、弘仁九年(818)以前、『文選』唐絵山水画を題とする孫綽「遊天台山賦」の趣向を模した、本朝題画詩の嚆矢『文華秀麗集』「冷然院各賦一物」奉和応制詩群の成立へと至る。その後、唐絵山水画の題画詩は『経国集』弘仁十四年四月以降「青山歌」・弘仁十三年(822)以降「清涼殿画壁山水歌」を経て、十世紀のやまと絵屏風歌全盛期へと展開する。空海は大同元年(806)「真言五祖師像」を将来しており、題画詩詠の発生にも深く関わっているので注目したい。
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今後の研究の推進方策 |
イタリア・フランスとの国際共同研究《伝・賛と肖像の文化史》は、2020年2月、両国での国際共同シンポジウムを機に、禅、茶の湯・謡曲・諸芸事といった芸能と連歌・俳諧・和漢聯句・摺物等の《座の文芸》、さらに絵によって文を解説する絵巻・絵入り百科事典・絵入り版本へと視野を広げ、メールとZoomを活用した研究協議を順調に進めている。研究協力者は、安保博史(俳諧・『南総里見八犬伝』)、相田満(標題文芸・類聚編纂書)、三田明弘(日中説話文学)、フランスのフレデリック・ジラール(禅)、高木ゆみ子(摺物)、イタリアのマリア・キアラ・ミリオーレ(翻訳・絵巻物)、アントニオ・マニエーリ(絵巻物と古辞書の関係論)、オレグ・プリミアーニ(三十六歌仙)、中国の楊世瑾(絵入り百科事典『訓蒙図彙』)であり、その成果は新型コロナ・ウイルスの影響で刊行が遅れたが、『水門ー言葉と歴史ー』30号小特集「伝・賛と肖像の文化学」に掲載予定である。現在、これに続く国際シンポジウムを企画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ・ウイルスの影響により、十分な国際共同研究を実施することができず、報告書の刊行が次年度に遅れたため。
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