研究課題/領域番号 |
20K00356
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研究機関 | 神戸女子大学 |
研究代表者 |
樹下 文隆 神戸女子大学, 文学部, 教授 (70195337)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 謡曲注釈書 / 能楽論 / 謡曲拾葉抄 / 謡本古実 / 謡文化 / 近世学問史 / 謡伝書 |
研究実績の概要 |
『謡曲拾葉抄』の各種版本・写本について、収集済みの紙焼写真、インターネットで提供された画像データ等で行い得る、概括的な調査を行い、景清、鸚鵡小町、老松、実盛、玉葛について、『謡本古実』(東京芸術大学付属図書館蔵)の翻字及び版本との対校作業を行った。これは『謡本古実』全体の15分の1に相当し、その結果、入力作業を集中してこなせば、当初の計画通り、全体の作業を終える見通しが立った。草稿本の一種と考えられていた『謡本古実』の内容が、版本と酷似しており、版下ではないものの、版本の元になった唯一の資料であるという確信を得たためである。そのため、対校作業は短時間で行えるものと予想している。 近世学問史研究の素材として提供できるのは、謡曲注釈書類にとどまるものではない。近世謡文化の所産である、多くの謡伝書や囃子伝書の記事、謡本(特に絵入謡本や絵表紙謡本)の絵や装幀、さらには能道具に見られる図案においても、中世から近世への文化継承が認められる。これらを総合的に研究することで、中世から近世への学問や文化の継承の有り様との接点が見出せるはずである。 謡伝書については、まず室町後期の能楽伝書を精査し、その成果をまとめつつある。ついで、神戸女子大学古典芸能研究センター主催の近世謡伝書研究会において、早稲田大学図書館蔵『謳書』、神戸女子大学古典芸能研究センター蔵『謡秘伝鈔』、法政大学能楽研究所鴻山文庫蔵『音曲袖珍宝』の翻字と共同研究を提案し、分担して共同作業を行った成果を公表した。成果の公表は、今後も継続して行う。 また、本研究以前から行っていた絵入謡本や絵表紙謡本の調査に、新たな研究視点を導入し、絵画表現に文化の継承を見出す作業を開始し、その一端について報告した。 さらに、謡文化を支える能道具の一つ、能扇に着目し、図柄の変遷と継承についての調査・研究を企図している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初は、初年度に行う予定だった書誌調査ではあるが、新型コロナウイルス感染症の蔓延による旅行自粛要請、閲覧機関の閉館や閲覧自粛要請等を勘案し、年度中の各所蔵機関での調査をすべて差し控えたため、その方面での進捗は皆無であった。また、勤務先においても登学自粛、登学禁止の時期があったため、勤務先において行うべき調査・研究にも支障が生じた。それで、関係諸機関での伝本の直接調査は後の年次に行うこととした。 現在までに進展した作業としては、すでに収集している紙焼写真、各種の電子図書館が提供する画像を利用しての、本文の翻字、伝本間の比較、注釈書類の影響関係の調査が挙げられる。全体を見通したわけではないので、これに関しての研究報告はまだ公表していないが、引き続き作業を継続していく予定である。 一方、近世成立の謡曲注釈書類を横断的に調査・研究するという当初の予定は、資料の収集という面で頓挫し、研究期間内での実施が困難な状況である。そこで、近世的な学の形成を解明する手段とすべく、ある程度の資料収集が終わっている謡伝書に関する調査・研究を、共同研究という形を通して、個別に実施していくこととした。世阿弥・金春禅竹の能楽論を中世の学として捉え直す研究が一定の成果を見せている今、これらが近世の学へと移行していく過程の一つに、謡曲注釈書類と謡伝書がある。そのことを視野にいれて、特に禅竹の能伝書を精査する試みをも開始した。 また、室町時代末期から江戸時代初期にかけて、謡本を紺紙金銀泥描表紙で飾る写本、版本が出現することに着目し、謡曲の内容を絵画化する表紙絵が、中世の絵巻や奈良絵本の流行を受けた文化継承であることを立証することで、絵画を通した学の形成を考えるということを、新たな研究計画として立ち上げることとした。
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今後の研究の推進方策 |
まず、『謡曲拾葉抄』の写本である『謡本古実』の翻字及び版本との対校作業を継続して実施する。未見の「謡曲拾葉抄/山姑」(陽明文庫蔵)については、次年度以降の課題としたい。また、版本間の異同の有無についても、最終的には実地の調査が必要と思われるので、当面は画像データから判断材料を取捨選択して、実地調査に備えたい。 謡伝書が近世的な学の形成としての側面を持っていることを立証する目的で、主として写本と版本との比較を行う。特に、世阿弥・禅竹の能楽論の内容を近世謡伝書がどの程度踏襲しているかに重点を置いて調査したい。さらに謡伝書から『随一小謡絵抄』(文化2年刊、他)に至る学形成の流れを明らかにすべく、各種の刊行小謡本の調査も行いたい。 各所蔵機関での実地調査が十全に行える状況になれば、謡曲注釈書類の全体を把握すべく書誌調査を再開する所存であるが、予定の研究期間内での達成は難しいと考えている。それについては、研究期間終了後にも調査・研究を継続していきたい。 また、本研究を推進する過程で見出した課題、能楽の絵画資料、図案資料を近世文化の中で位置付ける研究についても、本研究終了後に具体的な研究計画を立てることとなろう。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症蔓延に伴い、調査旅行をすべて中止したため、旅費相当分を次年度使用額に回した。。 次年度においては、状況を見定めつつ調査旅行を実施するとともに、謡伝書等の関連資料購入を計画している。
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