中国の明末は、何らかの形で女性にまつわる文学、「艶文学」が盛んに行われた時代であった。従来は、『金瓶梅』、馮夢龍の「三言」などの白話小説、王世貞の編とされる『艶異編』や馮夢龍の『情史類略』などの文言小説、湯顕祖の『牡丹亭還魂記』などの戯曲、詩文については王彦泓のような艶詩人、『青楼韻語』『唐詩艶逸品』などの女性詩集、『呉騒合編』『太霞新奏』などの散曲集、馮夢龍の『掛枝児』『山歌』など男女の恋情を主題とした俗曲集、民間歌謡集など、研究がジャンルごとにばらばらに行われてきた。これらを総合的に扱い、中国明末文学の深層に迫りたいということが、本研究の目的であった。 研究四年目、最終年度にあたる2023年度には、中華民国初期に繆セン孫が公刊した『京本通俗小説』について考察した「繆セン孫『京本通俗小説』成立の背景とその製作過程」(『明清文学論集』)を発表した。『京本通俗小説』は、繆セン孫が『警世通言』『醒世恒言』の中から宋代の話らしい篇を抜き出して「偽造」した作品であるが、繆セン孫がそれを思い立ったのは、やはり宋代のものとされた『宣和遺事』『五代史平話』に刺激を受けたことを指摘し、続けてその具体的な製作過程について考察した。「艶文学」作品を含む『京本通俗小説』の基礎的研究である。また、「馮夢龍の『中興実録』について」(『汲古』第84号)において、「艶文学」の世界に大きな貢献をした馮夢龍が、明朝滅亡と臨時政府の成立についての情報を集めて公刊した『中興実録』及び『中興偉略』について考察し、「艶文学」作家であった馮夢龍の、もう一つの側面を明らかにした。 四年間を通じて、通俗小説、詩文、散曲、さらには花街についての研究を行って、その成果を発表し、明末「艶文学」を総合的に捉えようとの目的をほぼ達成することができた。
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