研究課題/領域番号 |
20K00365
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
伊藤 加奈子 信州大学, 学術研究院人文科学系, 准教授 (80293489)
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研究分担者 |
井上 正夫 松山大学, 経済学部, 教授 (10633274)
氏岡 真士 信州大学, 学術研究院人文科学系, 教授 (60303484)
閻 小妹 信州大学, 全学教育機構, 特任教授 (70213585)
佐立 治人 関西大学, 法学部, 教授 (70340643)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 中国古典文学 / 東洋法制史 / 中国語学 / 中国経済史 |
研究実績の概要 |
中国明代末期の俗語小説『杜騙新書』は、様々な詐欺事件と役人方による捜査や判決、それにまつわる人間模様を題材としており、当時の社会世相・経済動向・法制度を如実に反映している。当プロジェクトはこの作品を精緻に読解することで、明代社会とその法制度や経済活動に言語表現など、多角的な理解につながることを目指している。 当年度は2020年度に引き続いて国立国会図書館古典籍資料室所蔵の抄本調査を行い、原文と左訓をまとめ一通り網羅したものを論文として発表した。また京都大学附属図書館所蔵のマイクロフィルム資料『江湖歴覽杜騙新書』を複写製本し、こちらは現在調査中の段階である。 題材となる詐欺事件に登場するその多くは商人や役人といった一般人であるが、中には500年以上前の宋代における政治家包拯を登場させた一節が存在する。清廉潔白で厳格な人となりとして知られる包拯は、後世に名裁判官としての故事が広く流布されるようになり、漢民族社会では現在においても誰もが知る存在である。日本で言えば、江戸時代の大岡忠相や遠山景元の名奉行ぶりが講談やテレビドラマの題材になるといった定着ぶりを想起させる。 『杜騙新書』十五類「衙役騙」は、賄賂を得るために詐欺をはたらく役人らの事件を記すものである。中でも第50話は、正義の代名詞ともいえる清廉な名裁判官である包拯が冤罪事件の審理においてずる賢い役人の詐欺に利用され、冤罪で加害者とされた人物からその役人が賄賂を得るのに知らず加担してしまうという内容である。その他にも役人が関与する詐欺事件の描写は、時に生き抜くために必要とされる詐欺と、時に人を窮地に追い込むことがある正義とについての、明代当時の人々による現実的な受け止め方を反映していると推察される。騙しの警戒すべき側面と、正義を上回る騙しが人が救うという別の側面、この二面性を有するのが『杜騙新書』であると分析を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度に引き続く新型コロナウイルス流行の影響により、海外渡航が制限される状況ににある。2020年度は国立国会図書館古典籍資料室の蔵書資料について現地の実物と複写製本とで調査を行い、2021年度では国会図書館資料の調査を継続するとともに、京都大学附属図書館所蔵のマイクロフィルム資料『江湖歴覽杜騙新書』の複写製本を行い、更なる調査を行っており、巻三後半から巻四にかけて、訳注稿の原案作成と検討・推敲を進めている段階である。 当該年度の成果として、明代の商人や役人といった一般庶民が主な登場人物である『杜騙新書』において例外的に宋代の名政治家・名裁判官である包拯が登場する話を主軸に、人を救う詐欺と人を追い詰める正義とのあり方についての当時の受容、騙しという行為が持つ二面性について分析を行った。 プロジェクト開始前は海外諸施設が所蔵する『杜騙新書』の各種版本についての調査も視野に入れていたが、海外渡航に中国国内移動が更に難しくなっているコロナ禍の現状においては、やはり国内施設所蔵のものに調査対象を改めて絞りこむのが現実的であると考える。国内『杜騙新書』各種版本抄本の差異を明らかにし比較対照して調査を行うことで、新たな情報を見出せるものと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後の展望として、本プロジェクトにて入手した国立国会図書館古典籍資料室の蔵書資料と、京都大学附属図書館所蔵のマイクロフィルム資料『江湖歴覽杜騙新書』の複写製本の調査を進め、それらの書誌情報を整理し、本文についての頭注傍注といった付帯情報がどのように成立したか、その過程を詳細に検討する。そこから得られた情報を基に、2015年科研費プロジェクト「『杜騙新書』の基礎的研究」により刊行済みである『『杜騙新書』訳注稿初編』に記述した内容を精査し、必要に応じて修正を進める予定である。 海外資料の入手とその調査が難しい状況であるため、国内諸機関所蔵の資料を調査対象として絞りこむため、江戸時代の日本における『杜騙新書』の受容とその理解に関する検討を進めるのが今後の推進方策である。 上記部分の検討中に新たな問題が生じなければ、その成稿に傾注し、関連論考と合わせて冊子にまとめることで、既発表分とあわせて本書すべての訳注稿の完成を目指している。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ流行の影響がこの年度も継続したことから、プロジェクト開始以前に予定していた海外諸機関、特に中国国内の図書館へ出向き蔵書資料を調査することが困難な状況であった。この状況は令和4年度も継続しているため、国内諸機関の調査とデジタル複写等を用いた資料の充実に注力する予定である。
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