研究課題/領域番号 |
20K00376
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
辻 リン 早稲田大学, 法学学術院, 准教授(任期付) (80367151)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 宝巻 / 明清通俗文学 / 説唱文学 / 語り物 |
研究実績の概要 |
明清から民国に至るまで民間で盛んに行われた語り物の一種である宝巻は、因果応報を説くという宗教的な役割とそれに即した独自の形態を保ちながら、時代を経るにつれ、物語を含む叙事的なものが多くなり、宗教的なものから文学的なものへ傾き、娯楽性を強めていく流れがみられる。宝巻文学の変遷史において、明末清初から清の嘉慶までのおよそ百年間に、現存する宝巻のテキストが乏しいことから、この時期を「沈衰期」とされてきた。「沈衰期」を挟む早期の宝巻を「古宝巻」、後期の質的な変化が見られる宝巻を「新宝巻」と呼ばれる。視点を変えれば、いわゆる「沈衰期」は宝巻の変遷史における重要な転換期と言ってもよいのである。本研究はこれまでの研究に続き、一連の考察によって、最終的には宝巻の変遷史において、いまだ明らかになっていない転換期の様相を解明することを目的とする。宝巻文学の変遷史における主要な問題――民間教派による物語宝巻の伝播、俗曲の流行り廃りによる宝巻スタイルの変化過程、信仰対象の変化による物語の変容にまつわる問題は、宗教教派期と宝巻の「沈衰期」とされる時期において、いまだ充分に解明するには至っていない問題である。本研究では、同時期の宝巻の変容過程をさらに綿密な考察を行うことによって、これらの問題をより明らかにすることを目指すものである。 2021年度では前年度に続き、かかる明末清初の現存の宝巻のテキストを解読し、欧米の主要図書館に所蔵する関連資料にも着目して研究を進めた。主な成果として、「哈佛大学燕京図書館所蔵宝巻考辨」、北京大学中国古文献研究中心「中日漢籍研究学術研討会」(オンライン国際学会、2021.12)で発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度(本研究課題の補助期間の2年度め)は前年度に続き、ハーバード大学イエンチン図書館所蔵の関連資料にも着目して進め、計画通り順調に進展している。 ハーバード大学イエンチン図書館(Harvard-Yenching Library)所蔵の宝巻 の大部分(74種111冊)は、パトリック・ハナン氏(Patrick D. Hanan、1927-2014)の寄贈本として知られる 。 ハナン氏寄贈の宝巻は木刻本が19種あるほか、民国期の石印本がその大多数を占め、抄本がない。ほとんどの題材が通俗文学と関わりの深い「物語系宝巻」であるため、俗文学研究のみならず、清末民国期の民間信仰、宝巻の受容状況を知る上でも貴重な文献であると言えよう。しかし現状では、これまでそれらの宝巻を具体的に紹介した文章はわずか二、三篇に止まり、管見の限りでは、一歩踏み込んだ学術的論考は見いだせていない。総じて言えば、かかる先行の文章は、ともに宝巻の書誌情報にまつわることを中心に扱い、内容についての論述ではないことが分かる。 そこで本発表は、宝巻の現状問題を念頭に、先行の文章を踏まえて、まず基礎研究として、イエンチン図書館所蔵の宝卷を整理し、澤田瑞穂『増補 宝巻の研究』宝巻提要にならい、その提要に未収録の宝巻に適宜梗概または備考を付けて、今後の研究を深めるための紹介として呈示した。同時に、現行影印本の刊行状況における問題点も報告した。こうした資料の整理と分類、個々の資料の考察は、今後の宝巻研究の発展の土台となるものと考える。そうした土台の上に、例えば清末民国期の宝巻の受容や宗教の受容、社会や道徳規範など、様々な角度から研究を展開することも可能であろうと思われる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究を踏まえて、次の段階は、引き続き現存する清初の物語宝巻のテキストおよび関連資料の比較分析を行い、同時期の宝巻作品の形成・発展・流伝の状況を明らかにし、本研究を深めていきたい。 具体的には、次のような計画で本研究を遂行する。1、かかる明末清初の現存の宝巻のテキストを解読し、その近隣の通俗文芸(通俗小説、戯曲、ほかの語り物など)との関わりにも着目して、研究を進める必要がある。2、日本、中国、欧米の主要図書館などに散在する、本研究に関わる民間印刷物、写本の蒐集、民間習俗の総合的調査を行う必要がある。
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