研究課題/領域番号 |
20K00393
|
研究機関 | 城西大学 |
研究代表者 |
伊東 裕起 城西大学, 語学教育センター, 助教 (70617448)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | W. B.イェイツ / アイルランド文学 / アングロ=アイリッシュ / ナショナル・アイデンティティ / 能楽 / 俳句 / ヨネ・ノグチ / アリス・ミリガン |
研究実績の概要 |
令和2年度は、研究計画に則り、イェイツが小林一茶の俳句(ヨネ・ノグチ訳)をもとにして書いた詩「日本の詩歌を真似て」を分析し、イェイツと一茶の思想を比較した。一茶の俳句の翻訳を含むノグチの俳文からイェイツが学んだもの、およびこの詩に表れているものは「自己戯画化」(self-caricaturization)であり、自己を笑い飛ばすことによって自己から距離を取り、自己を客体として見つめなおすものである。これはイェイツが嫌った「受動的受苦」(passive suffering)の自己憐憫とは異なり、自己の肯定につながるものである。イェイツが「受動的受苦」を拒否する悲劇の哲学を主に学んだのはニーチェであるが、ニーチェも『道徳の系譜』において自己を笑うことによる超克について論じており、イェイツもそれに共鳴していたことを指摘した。 イェイツの詩の最終連のもととなった一茶の俳句は『文政句帖』収録のものであるが、この句帖は一茶が、煩悩に苦しみながらも、もがきながらも「荒凡夫」として生きることを宣言した句帖である。この考えはイェイツの「悲劇的歓喜」(tragic joy)にも似ているが、阿弥陀如来の慈悲を求める他力本願の信仰を土台としていることで異なっている。イェイツと一茶はそれぞれ、「老い」をふくめた自己の不完全さを見つめながら、自己を肯定する思想に至っていたことも興味深い発見である。 新型コロナウイルスの感染拡大のため、予定していた学会発表などはできなかったが、代わりに過去に収集した資料を分析した。そこで、イェイツのナショナル・アイデンティティを考える上で比較となる人物として、イェイツと同時代の北アイルランドの女性作家アリス・ミリガンについて調査と分析を行った。死を扱った彼女の三篇の詩を分析することにより、アイルランド全土とアルスターの両方に帰属意識を持つ彼女の抒情性について考察を行った。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まずマイナス面としては、新型コロナウイルスのため学会発表の機会が失われ、予定していた発表を行うことができなかった。またオンライン授業の対応などのためにエフォートを割かねばならない事態となった。しかし、当初の研究計画通り、イェイツと一茶についての分析を行い、論文を発表した。加えて、北アイルランドの女性詩人アリス・ミリガンについての研究を行い、論文を発表することができた。そのため、完全に当初の計画通りではないが、研究はおおむね順調に進展していると言える。
|
今後の研究の推進方策 |
少し研究計画を修正する。当初の計画では、研究3年目に『骨の夢』と『煉獄』を分析する予定であったが、前倒しし、研究2年目に『骨の夢』を扱うことにする。3年目は、現時点では計画通り『煉獄』を扱う予定であるが、『踊り子のための四つの劇』収録の他の劇を論じる可能性も出てきた。当初の計画において、2年目に扱う予定であったヨネ・ノグチの能楽論については、単独の論文とするのではなく、資料を読み進めながら、各年度の研究に織り込む形で反映することとする。また、海外学会を含めた学会発表は少し縮小することにし、その旅費分を組み替えて書籍購入費とすることとする。
|
次年度使用額が生じた理由 |
まず、新型コロナウイルス感染症拡大のために学会発表のための出張ができなかったため、旅費が未執行となった。加えて、書籍を中古で揃えることや、時間的余裕をもって英文校正を行うことにより、出費を抑えることができた。そのため、大幅な余剰金が生じた。余剰金は、日本国内での研究を充実させるため、書籍購入費に充てることとする。
|