研究課題/領域番号 |
20K00396
|
研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
竹内 美佳子 慶應義塾大学, 商学部(日吉), 教授 (00227000)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | アメリカン・ルネサンス / ヘンリー・ソロー / ハーマン・メルヴィル / 自然史 / フロンティア / 反帝国主義 / アフリカ系アメリカ文学 / 人権 |
研究実績の概要 |
ヘンリー・ソローとハーマン・メルヴィルを中心に、近代アメリカ文学のレジスタンスを探究した。ソローは環境思想の祖であり、遺作「ウォーキング」の箴言は自然保護団体シエラ・クラブによって国立公園の標語に掲げられた。しかし、21世紀に異論の先鋒となるリチャード・シュナイダーは、西部志向の顕著な「ウォーキング」を自然破壊の書とみなし、シエラ・クラブに疑問を呈する。本研究は批評の分極化を検証するために、18世紀の自然史論争を作品解釈に導入し、ソローの国家論を分析した。「新世界退化説」を唱えた博物学者ビュフォンに対し、アメリカ建国の父トマス・ジェファソンとアレグザンダー・ハミルトンは、各の著書『ヴァージニア覚え書』と『フェデラリスト』において反論した。ソローは欧州の科学者に挑む建国の父祖に共鳴しつつも、政治家の科学的実証主義を独自の詩的世界観によって超越し、アメリカの領土拡張と奴隷制度を批判する。ソローの西部観は19世紀に加速する西漸運動の対極にあり、現代アフリカ系アメリカ文学の民主主義思想と共振することを、本研究は論証した。 さらに、メルヴィルの第一長編『タイピー』とアフリカ系アメリカ人作家ラルフ・エリスンの第一長編『見えない人間』の間テクスト性に注目し、比較研究を行った。南洋の島で捕鯨船を脱走したメルヴィルのペルソナは、原住部族の谷へ断崖を下る過程で西洋の基層から自らを放擲する。他方、エリスンの語り手は、都市地下空間への転落を機に人種主義社会の桎梏から自身を解き放つ。両作品の落下運動は、西洋中心主義に対峙する個の復活を体現する。メルヴィルに対するアフリカ文化の影響は、20世紀末からの多文化主義批評によって脚光が当てられた。本研究は、メルヴィル文学が現代アフリカ系アメリカ文学に与えた触発という、新たな時間軸に考察を加えた。研究論文を、日本ソロー学会誌と慶應義塾大学芸文学会誌に発表した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
アメリカ文学のレジスタンス思想を探るために、初年度はソローとメルヴィルを中心とする19世紀文学に焦点を当てた。研究に際し、ジョルジュ=ルイ・ルクレール・ド・ビュフォンによる博物誌の18世紀英訳版、英領カナダ副総督フランシス・ボンド・ヘッドのアメリカ論、フレデリック・ダグラスが発行した奴隷解放運動紙の原版を始め、多くの一次史料が必須となった。学会発表の一環として前年から調査を進め、コロナ感染症対策による図書館の一時閉鎖は研究に支障なかった。ソローの遺作とメルヴィルの第一長編を主軸として、反帝国主義の思潮に理解を深めることができた。
|
今後の研究の推進方策 |
19世紀アメリカ文学の社会思想が、現代アフリカ系アメリカ文学の重要な源泉であることに着目し、人種横断的な見地から個別の作家研究を行う。ヘンリー・ソローとハーマン・メルヴィルを対象として、アメリカン・ルネサンスの社会的影響力について考察を進める。そのうえで20世紀文学を研究の視野に入れ、時代を画したアフリカ系アメリカ文学の特質を、主要作家の小説と評論群にテクスト分析する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
旅費の一部がコロナ下の出張中止により次年度使用額となった。本報告書の作成時までに文献購入費として使用済みである。
|