本研究は、英国スチュアート朝時代 (1603-1649)を対象に、商業劇団が (1)宮廷・民間各々の演劇舞台でどのような劇をどのような演出と衣装で上演していたか、(2)1640年からの内乱に至る社会変化に演劇活動がどのように係わっていたかを明らかにしようとするもので、最終年度の研究実績、および研究期間全体の成果は以下の通りである。 スチュアート朝では王室の各メンバーが商業劇団のパトロンになったため、宮廷での劇公演回数はエリザベス時代に比べて激増した。また劇団俳優が宮廷マスク(王侯貴族が主演の仮装仮面劇)に助演者として加わったことから、市井の劇場ではマスク的場面を取り入れた劇作品が増えていった。シェイクスピア晩年の『シンベリン』や『テンペスト』はその代表例である。このように劇団と王室の関係は密であったが、チャールズ王は王権神授説を信奉して議会を開催せず、独裁的な政治を行っていた。王政への反感がつのるなか、劇場で人気を集めたのは、高位貴族の腐敗を描いた『白魔』や『モルフィ侯爵夫人』、貴族に取り入り金儲けに走る商人が主人公の『宮廷乞食』などである。商業劇団はこのように観客市民の嗜好に沿った芝居の公演を行なってもいた。反王制・反宮廷劇は、内乱を後押しする機運醸成に関与したといえる。最終年度は上記の研究を行った。 また本研究期間全体の成果をまとめる書籍出版の準備を進め、以下の二冊『本当はこんな格好だった ーシェイクスピア劇初演当時の演出と衣装ー(上巻)神々、亡霊と悪魔』、『同(下巻)道化と精霊、異国の人々』を2024年に刊行した。同書は、英国ルネサンス劇の特徴的な役柄である古典古代の神々や英雄、魔女や悪魔、道化、妖精などがどのような演出・衣装で演じられていたか、チューダー朝からスチュアート朝の宮廷饗宴・商業劇場に関する一次史料、二次史料をもとにまとめたものである。
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