研究実績の概要 |
本年度は「共感」の作家として知られ、自身も「非婚のおば」であるキャサリン・マリア・セジウィック(Catharine Maria Sedgwick, 1789-1867)の作品において、いかに人種的他者は描かれるのかという可能性を検討した。まず、19世紀アメリカの「共感」を定義し、次にセジウィックの人種的他者の表象をテーマとした先行研究を調査したうえで、「ニューイングランドの奴隷制」(1853年)を分析した。本研究は「共感」によって主体と対象の差異が崩壊することなく両者をつなぎ合わせ、対象(他者)を政治的に抹消しない可能性を探るものとなった。 「ニューイングランドの奴隷制」は、セジウィック家に奉仕した黒人女性マムベット(Mumbet)ことエリザベス・フリーマン(Elizabeth Freeman, ca.1774-1829)の生涯に起こった4つの出来事を語るテクストとなっている。そのうちのひとつ、これまで看過されてきた「白人少女とマムベット」のテクストを対象とし、通常の共感のモデルとは異なる共感が表現されていることに着目した。通常、共感の身体的記号である「涕涙」は白人が不遇な黒人にたいして示すものとされているが、ここでは共感する主体(黒人のマムベット)と対象(白人の少女)の人種的転倒があり、また、他の白人登場人物と異なり、マムベットの共感の態度は記されず、涕涙を自ら拒否していることが分析された。涕涙に依拠した共感の意思表示が「感傷の文化」に根ざした白人のデモンストレーションであるのならば、マムベットが示す共感は、少女の個別性を気づかい、その背後にある「真実の他者」との同一化を回避しながら少女の存在を認めようとするケアの感情であると解釈できる。他者である白人少女と自己を架橋し、両者の差異を保持したまま共感の人種的構造を築いたのは、マムベットという黒人女性であったことを検証した。
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