本研究は20世紀の批評理論の展開を跡づけることを目的としてきた。昨年度の研究においては19世紀末イギリスにおける唯美主義の文学理論に射程を広げたが、それは「文学性」という概念の起源が19世紀末の唯美主義にあることが判明したからであった。本研究はその射程を広げて、19世紀末の唯美主義を研究の射程に加えることを迫られた。そこで昨年度はとくに19世紀末の作家オスカー・ワイルドの批評理論を研究対象としてとり上げて、唯美主義の文学理論の特徴を解明した。本年度は本研究プロジェクトの中心課題である20世紀中葉のフォルマリズム批評を読解・分析した。20世紀の批評理論は、「文学性」つまり文学的言語がもつ特質を解明することに多大な努力を傾注した。それは、20世紀が批評の世紀であり、大学において文学研究が大きな存在感をもったことを考えれば当然のことである。研究・教育制度として文学が大学に確固として地位を占めるためには、研究対象としての文学を定義し、それに相応しい方法論を確立しなければならなかったのである。とり上げたのは、I. A. リチャーズ、クレアンス・ブルックス、ノースロップ・フライである。リチャーズとブルックスはいわゆる新批評の一派としていっしょに論じられることが多い。フライの方法は原型批評もしくは神話批評であり、新批評に対して批判的な立場にたったという理解が一般的であるが、本研究があきらかにしたように、文学を自律的な存在として見る点で、フライはじつは新批評と大きな共通性をもっている。文学が自律的であるという観念は、「文学性」という概念が成立する前提だったのである。本研究は、19世紀末の唯美主義から20世紀末の脱構築批評までの批評理論が「文学性」を追求する一つの大きな統一性のある知的プロジェクトであったことを確認した。
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