研究実績の概要 |
本研究で目指したのは、確率論的なリスク概念とは異なる〈リスク感覚〉の基底にある人間と環境の関係を明らかにし、それによって多様な価値観が共存する社会のあり方を考える概念的枠組みを組み立てることであった。 この目標に向けて本研究では、〈リスク感覚〉を危機につながる事象を主観的・非言語的なレベルで感知する際に発動する感覚と捉え、それが論理的説明や認識に回収されないがゆえに文学において醸成されているという見解のもと、リスク社会が到来する20世紀半ば以降の文学、とりわけ「大加速」とよばれる1950年以降の社会・地球環境の大変化をめぐる文学に表出したリスク感覚を考察した。 その際、二つの課題を設定した。一つは、John Bergerのいう「生存の文化」を参照枠とし、リスク感覚を表現形式の見地から分析すること。もう一つは、生存をめぐるリスク感覚に関する批評方法を洗練させることである。この二つの課題にまたがる形でTerry Tempest Williams, Karen Tei Yamashita, Svetlana Alexievich, Kazuo Ishiguro, Richard Powersらの作品を検討し、人新世的状況におけるリスク感覚が〈野生〉や〈レシプロシティ〉という概念と親和性があることを明らかにし、そうした概念をツールとして、一般的に不安や割り切れない気持ちとしてしか認識されないリスク感覚に「生存の文化」とつながる通路があることを示した。 2023年度は、研究成果を単著『文学は地球を想像するーーエコクリティシズムの挑戦』(岩波新書)に盛り込んで社会還元に努めると同時に、学術的点検・評価を受けるために国内外での学術会議での口頭発表ならびに『思想』(岩波書店)への寄稿をおこなった。
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