研究課題である「19世紀イギリス小説における〈海を行くスコットランド人〉と越境」の研究実績は(1)スコットランド国立国会図書館とエディンバラ大学図書館におけるスコットランド人越境者の再発見、(2)スコットランドの越境者と北アメリカ大陸北部の探検の関係の精査である。 2023年夏にスコットランド国立国会図書館とエディンバラ大学図書館において行った調査において、19世紀に起きていた探検ブームには、数多くのスコットランド人が関わっており、その中でも北極探検は、アレグザンダー・マッケンジーやジョン・レイらのスコットランド人探検家によって推し進められたことを確認できた。北極探検は、大西洋から太平洋に抜ける北西航路を探求する、北アメリカ大陸北部の探検と結びつき、貿易会社の主導によって行われていた。本研究では、これらの北アメリカの貿易会社の従業員の多くが、スコットランド出身者からなっていたことをふまえ、19世紀に北アメリカでの毛皮取引を独占していたハドソン湾会社所属の〈海を行くスコットランド人〉の代表として、R.M.バランタインの著作の調査を行った。 バランタインはエディンバラ出身の作家で、19世紀の少年向け冒険小説というジャンルを確立しした人物である。16歳でハドソン湾会社に雇われ、北アメリカに渡った。その時のことを回想した『ハドソン湾、あるいは北アメリカの荒野での毎日の暮らし』(1848)を分析し、スコットランド表象や、スコットランド人越境者のナショナル・アイデンティティ形成の様子について精査した。バランタインは、北アメリカという過酷な土地において、ネイティヴ・アメリカンやフランス系の混血である「運び屋」と関わる中で、自身の血統を意識しつつも、境界のない共同体を築いていこうとする。北の海を行くスコットランド人の、境界を越えた自己形成のあり様を明らかにすることができた。
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