研究課題/領域番号 |
20K00421
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
松田 隆美 慶應義塾大学, 文学部(三田), 教授 (50190476)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 中世英文学 / 聖書 / biblical paraphrase / 15世紀 |
研究実績の概要 |
本研究は、15世紀に英語で作成された韻文の「聖書パラフレーズ」(biblical paraphrase)を対象として、このジャンルが一般信徒にとっての総括的な教化文学として活用されていることを内容と写本の文脈の両方から具体的に明らかにするものである。研究の2年目にあたる本年は、「聖書パラフレーズ」を中英語文学史のなかに位置づけるために、聖書中のエピソードや登場人物を主人公として、15世紀に新たに制作された聖書ナラティブに注目した。特に、これまであまり研究されてこなかったThe Storie of Asenath、そして15世紀の聖アンナ伝を分析した。アセナトはヨセフの妻として『創世記』に短く言及されるだけだが、その活躍を物語る15世紀の韻文物語は、高貴な未婚女性の生活の指針となる教訓ナラティブとして機能を与えられている。また、聖母の母で、夫ヨアキムの死後に2度再婚するアンナは、妻そして母としての長い生涯ゆえに、既婚婦人にとっての模範となる美徳の体現者を教導するナラティブへと展開している。 1年目の研究によって、15世紀のイングランドでは、アランデル教令(1409年)による締め付けにもかかわらず、その前後を通じて、韻文による「聖書パラフレーズ」の力強い伝統が途切れることはなかった点が明らかとなった。本年度の研究は、この伝統に呼応するかたちで、聖書由来のオリジナルなナラティブが同時期に複数誕生し、それらは主に一般信徒のために編纂された英語写本で流通したことを具体的に示した。この結論からは、俗語神学に対する制限は、15世紀において、間接的に聖書由来のナラティブの多様性を触発したという仮説が引き出されるのである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、15世紀に英語で作成された韻文の「聖書パラフレーズ」を文学史的に整理するにあたって、ジャンルの輪郭を明確にする目的で、聖書由来のナラティヴ作品に注目した。その結果、研究実施計画としてあげた3点-(1) Pecham syllabusの扱われ方、 (2) 写本固有のコンテクストの分析、(3) ナラティブの視覚的構造についての視覚芸術との比較調査のうち、特に(2)について、15世紀に制作された中英語の宗教miscellany写本のコンテクスト分析を中心に調査をすすめる予定としていた。この点については、聖アンナ伝がイースト・アングリアで15世紀に編纂された、裕福な商人層を含む一般信徒を読者層とする写本に収録されていることが明らかとなり、その写本コンテクストを読者層と関連付けて論じることができた。また、(3)については、イングランドや低地地方における聖アンナへの崇敬と関連付けて、図像学的に調査を開始した。また、聖書ナラティブに関する研究の成果は、中世後期の俗語宗教文学におけるvita mixtaを論じる論文の一部をなす形で公刊された。部分的にせよ成果をまとめられた意味でも、順調に進展していると考える。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度は、研究実施計画としてあげた3点-(1) Pecham syllabusの扱われ方、(2) 写本固有のコンテクストの分析、(3) ナラティブの視覚的構造についての視覚芸術との比較調査のうち、とくに、2021年度から本格的に調査を始めた (3)を重点的にすすめる。あわせて、2021年度の調査の結果、重要な作品として浮上してきたSpeculum ecclesieの諸版について、そのなかでのPecham syllabusの扱われ方、そして後半部のキリストの生涯への黙想におけるナラティブの視覚的構造を分析対象とする。Speculum ecclesieは13世紀に修道士を対象としてラテン語で書かれたが、その後、在俗聖職者および一般信徒へも読者層を広げて、アングロ・ノルマン語と中英語に翻案され、多くの写本で現存する重要作品である。この作品の分析は中英語聖書パラフレーズの文学史的位置づけを考えるうえでも重要である。
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次年度使用額が生じた理由 |
1次資料調査目的での海外出張(イギリス)を予定していたが、新型コロナウィルス蔓延の影響で海外出張およびイギリスでの資料調査が困難となったため、海外出張旅費の使用予定がなくなった。次年度使用額は、次年度の海外出張旅費、あるいは研究用の高精細画像の取得費用、図書費として支出する予定である。
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