研究課題/領域番号 |
20K00430
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研究機関 | 甲南女子大学 |
研究代表者 |
谷川 冬二 甲南女子大学, 国際学部, 教授 (50163621)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | W. B. イェイツ / シェイマス・ヒーニー / アングロ・アイリッシュ / アイルランド文芸復興 / ケルト / アイルランド語 / 民衆詩 / drawing room |
研究実績の概要 |
本年度が2020年に始めた研究プロジェクトの最終年ということで、少し長めに研究履歴を振り返り、その中に実績を置いてこの項をまとめたい。時系列をさかのぼっていくと、まず昨年度の研究実績のうち最も大きなものは、アイルランド共和国リメリック大学で7月末に開催された国際アイルランド文学会での口頭発表である。新型コロナ禍からようやく世界が回復しつつあるときに、いち早く海外に出て「シェイマス・ヒーニーと川柳」について論じた。(その後、10月に韓国、東国大学をホストとしてオンラインで開かれた国際イェイツ学会にも、同じテーマについて別の問いを立てて参加した。) 詩人ウィリアム・バトラー・イェイツが模索し続けたものは、包摂の詩学、ではないか。イェイツの業績の再評価を志して、今ようやく得たものが、この感触である。これに照らすと、ヒーニーが晩期に東洋、なかんずく日本の民衆詩の精神を取り込んで詩業の新展開を試みたことは、彼がイェイツの後継者であることとともに、イェイツ自身の詩業の一側面を明るみに出すことになる。 2017年度の基盤研究(C)の枠で、私が取り上げた「アイルランド語文献と居住空間から考察するアングロ・アイリッシュの文化的位置と貢献」というテーマは、drawing roomという私的な家屋の内に設けられている社会的な空間を用いて文化的、政治的な活動が容易に行えるアングロ・アイリッシュの生活様式に着目している。だからこそ、その中で生きたイェイツが諸文化の包摂のための詩学を発展させていくことができた。こうした見解に沿って、新型コロナ禍以前、2019年に、アイルランド共和国ダブリン大学(Trinity College, Dublin)で「イェイツの詩学とdrawing room文化」という口頭発表を行っている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
国際学会での口頭発表という機会を使い活用し、私論を問うてみる、という作業を重ねてきた。新型コロナ禍でこのやり方の中断を余儀なくされたが、基礎資料の整理や二次資料の発掘に注力せざるを得なくなったことは、研究の健全性の保持という点では必ずしも悪いことではなかった。 以前、いくつかの基盤研究(C)に研究分担者として参加している。これらの研究グループの母体である京都アイルランド語研究会に加わったのは、アングロ・アイリッシュと対比的に捉えられてきた「純粋な」アイリッシュの文化的特徴を言語面から直接に知るためである。振り返れば、drawing roomのような空間を与えられず、広汎な人的ネットワークを組織し維持することが困難な彼らは、豊富なその文化遺産を継承しきれない状況を強いられていた。 この閉塞を脱するため、一部の者は、やむなく渡ったアメリカ合衆国で、同国政治の絶え間のない軍事拡張路線を利用して、戦闘員としての資質とともに市民としての地位を獲得していく。こうした過程でアイリッシュ・アメリカンという新たな氏族が生まれたことを、南北戦争中に起きた異民族間の音楽的交流・交換に焦点を当てて論じる論考を書いたが、出版計画を束ねる方の急逝により、まだ日の目を見ていない。 しかしながら、アングロ・アイリッシュの側から文学面にのみ焦点を当てて議論を進めるのではなく、かつて勉強時間を割いたアイルランド語の話者、その文化の継承者の視点を参照しつつアイルランドの近代を俯瞰することができた経験には、多大な意義がある。 こうした全体を考慮しつつイェイツの思想と行為を再考することは、アングロ・アイリッシュの文化的貢献の再評価に留まらず、彼の詩が想像力が、アイルランドというひとつの国家像の書き換えを、どのように人々に促してきたか、の考察に直結していくからである。
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今後の研究の推進方策 |
現在、ようやく、上記の考察の最終段階で仕事を進めることができるようになった。古代ではなく近現代のアイルランド神話の書き換えについて、アイルランド文芸復興を通してときにケルトの名の下でイェイツが果たした役割を、彼以前と彼以後から現在に至るおよそ150年というスパンで見てみたい。キーフレーズは「排外から包摂への転換」になる。 今夏、カイロで開かれる国際アイルランド文学会での発表は、アイルランド文化の来し方行く末を論じたとある文化誌とさる劇団のパンフレットシリーズの連続性を見ながら、アングロ・アイリッシュのアイルランド文化への貢献がどのように評価されてきたのか、とりわけ負の評価が正へのそれに転換した時点とその要因を探ろうとするものである。 秋にはふたつのシンポジウムへの参加が組まれており、国際アイルランド文学会日本支部のものは、アイルランド文芸復興を評価するさいに対として頻繁に言及されるダニエル・コーカリーについて再考しようとしている。日本アイルランド協会のシンポジウムでは、「アイルランド学のこの30年」という大枠の中で、ずばり「英語文化とアイルランド語文化の関係を変えた」人物として、イェイツのアングロ・アイリッシュ的側面に光を当てて論じてみる予定である。 現在のアイルランド共和国は、さまざまな、価値ある社会的指標に関して、我が国のはるか上に立つ国になった。その要因がイェイツをはじめ、その先駆者たち、その継承者たちの詩的想像力、換言すれば夢を語る力にあることを明かし立てること。研究計画の基礎をここに置きたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ禍により海外における発表の場そのものがなくなりました。出費の大部分をこうした国際学会への参加費として予定していたためです。 論文になる以前の、芽吹いたばかりのアイデアを交換する貴重な機会でしたが、やむを得ないことでありました。
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