研究課題/領域番号 |
20K00431
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
中尾 佳行 広島大学, 人間社会科学研究科(教), 名誉教授 (10136153)
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研究分担者 |
地村 彰之 広島大学, 人間社会科学研究科(文), 名誉教授 (00131409)
佐藤 健一 滋賀大学, データサイエンス教育研究センター, 教授 (30284219)
大野 英志 広島大学, 人間社会科学研究科(文), 教授 (80299271)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | チョーサーの話法 / 意味論コーパスの構築 / カンタベリ―物語 / Hengwrt MS / Ellesmere MS / 初期刊本 / スピーチの言語指標 / 語り手の編集 |
研究実績の概要 |
本課題研究の目的は、G. チョーサーの『カンタベリー物語』(The Canterbury Tales)の2つの代表的な写本とそれに対応する2つの代表的な刊本を取り上げ、4テ クストの電子パラレルコンコーダンスを精査し、チョーサーの語りテクストにおける話法を解明することである。本年度、話法を特徴づけるパラミターに沿ってタグ付けし、意味論コーパスの作成を続行した。話法の伝達部において、伝達動詞quod, seyde, spake, answerdeあるいは重複形の使用、そしてその時制、過去形と現在形の使用を4テクストで作品ごとに調査、計量化した。現在形もhistoical presentの一環、あるいは登場人物のスピーチアクトに呼応して使用されていた。話法の被伝達部において、直接話法は間投詞、呼びかけ、直示語、1人称及び2人称代名詞、疑問文、命令文、省略文等、写本上句読点がない故か、執拗に繰り返され、近代小説の直接話法とは一線を画した。他方、語り部においては、間接話法が直接話法に対して少ないことが分かった。語り部が人物の視点が入った所謂自由間接話法・思考も散見された。この話法の多層性の問題は、英国ダラムで2022年7月11日~14日開催、新チョーサー学会第22回大会で、"How to Translate Chaucer's Multiple Subjectivities into Japanese: Ambiguities in His Speech Represenation"と題して発表する。語りは人物の過去の経験の再生である。語り部において現代英語では過去形が自然と思われる個所にしばしば現在形が使用されている。直近の課題として、この現在形使用を構造化し量化を試みたい。写本・刊本間で異動が見られることにも注目し、どのタイプで見られ、またそれは何故なのかを明らかにしたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
話法の伝達部の伝達動詞のパタンは概ね理解できた。その修飾構造を見るに、seydeは通例文頭に現れ、人物のジェスチャー、表情を付記して導入されるのに対し、quodは伝達動詞専属用法として文法化しており、殆どの場合修飾部を取らず、かつ挿入的使用が多い。直接話法の被伝達部については、その言語指標は形式的に明確で、間投詞、呼びかけ語、直示語、命令文、疑問文、省略文等、比較的容易に量化できた。写本上、直接話法を明示する句読点が無いことから、聴衆に対しスピーチアクト的な特徴を重複的に網羅していることが分かった。他方、語り部における編集過程については、物語の外側からの語り手のメタ談話あるいはコメント、直接話法に対し出現数が少ない間接話法の特徴(スピーチアクト特性の削減、被伝達部が直接話法に対し短いこと等)、そして微妙な自由間接話法・思考は、調査できた。しかし、語り部は、話法タイプの境界線が必ずしも明確でなくグラデーションがあり、タグ付けの更なる工夫が必要であることが判明した。この問題には時制の問題が深く関わっていることが分かっており、今後この点の考察を推し進めていきたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
チョーサーの話法において、特に語り部は、語り手の編集過程が微妙な程度問題を引き起こしている。語りは本来人物の過去の経験を再生するものであり、時制に関して(少なくとも現代英語の観点からは)通例過去形が使われると想定されるが、チョーサーの語りでは多くの箇所で現在形が選択されている。その構造は間接話法の被伝達部、so... that...、whan ..., ..., 関係詞等の複文構造、and/butで連接される重文構造等、多岐に渡る。現在形は一般的に現在の瞬間的な事態、過去の事態の臨場的な再生、習慣、一般論、普遍性まで、一言で言えばtimelessの意味幅をもつ。チョーサーの語りでは作者と聴衆・読者の関係が近く、語りテクストは作者と聴衆・読者との対話的・共同的作業を通して意味が確定していく。現在形の使用は聴衆・読者との共有を表す一般論なのか、それとも人物に特定のものか、しばしば重なり合い、判断が難しい。このような読みの問題は写本・刊本の異同をもたらしていることにも注目している。語り部における現在形用法のパタンを分類し、作品のジャンルごとにどのような違いがあるのか、また写本・刊本でどのように異同が見られるのか、精査する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
前年度はコロナ状況下において、研究成果の一部を発表予定であった英国ダラム大学での新チョーサー学会が本年度7月に延期され、また国内で3度発表予定であった学会(日本英文学会、日本英文学会中国四国支部大会、日本中世英語英文学会全国大会)が、全てオンライン開催となり、予定していた出張費を執行する必要がなかった。今年度は学会出張を行うとともに、研究上必要になってきた中英語電子写本及びテクスト批評に関する研究書を更に充実させたい。またコンピュータについても最新の機能のものを購入し、これまでの電子データの保存とその処理に役立てたい。
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