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2021 年度 実施状況報告書

認知物語論と野矢茂樹の哲学によるF・M・フォード「パレードの終わり」再読

研究課題

研究課題/領域番号 20K00436
研究機関一橋大学

研究代表者

川本 玲子  一橋大学, 大学院言語社会研究科, 教授 (60345460)

研究期間 (年度) 2020-04-01 – 2023-03-31
キーワード認知物語論 / 構造主義的物語論 / ASD / ジェラール・ジュネット / 視点 / 野矢茂樹
研究実績の概要

本研究の目的は、主に小説テクストを題材に、語りにおける視点の問題の考察、および人物理解や物語解釈のプロセスにおける読者の心的作業の分析を行うにあたり、共感や感情移入の働きに関する認知心理学の知見、および心と他者をめぐる野矢茂樹の哲学(眺望論・相貌論)を応用することである。2021年度は、野矢哲学を独自の物語論の枠組みに導入するための準備作業として、1960年代のフランスに始まり、文学研究に多大な影響力を与えた構造主義的物語論を振り返り、また他方では日本ではまだ注目を浴びていない最新の認知物語論研究の動向を追い、これら両方の可能性と限界を検証した。
具体的な研究成果としては、2021年度には中井亜佐子他編著『《言語社会》を想像する』(小鳥遊書房)に「心のしくみ、しくむ心 認知と物語を考える」を寄稿し、自閉スペクトラム症候群(ASD)を特徴づける「物語化する認知」の欠如を手がかりに、物語性とはすなわち経験性であるとするモニカ・フルーデニクの定義を経由して、小説研究における認知科学的アプローチの有効性を問うた。また2022年度中に平凡社から刊行予定の『文学批評の名著50』では、古典的物語論研究の第一人者であるジェラール・ジュネット『物語のディスクール』(1972)の項を執筆した。ここでは、ジュネットが独自の用語や手法を通じて試みた、個々の読者の心情や知識を排除した小説テクストの分析が、特に「視点」に関わる部分で困難に突き当たる理由について、小説読書における虚構世界の想像/創造には小説内の何らかの主体との視点共有が必要であることを指摘した上で、ジュネットの手法の有効性は、読者の反応や解釈が多様化する前段あるいは基盤となるような解釈の手続きを明確化する点にあると論じた。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

2: おおむね順調に進展している

理由

2021年度は物語論の理論構築に先立って具体的なテクストの分析を行うことになり、若干順序が逆になった形であった。しかし、ジェラール・ジュネットその他の20世紀の物語論研究を再検証し、この分野においてはあまり厳密な分類や手続き設定をすることはさほど有意義ではなく、あくまでも、認知的な観点からは依然として謎の多い小説の読書という経験をひもとく際の概念の整理を目的とした柔軟な枠組みを用意することが望ましいと考えるに至った。
虚構世界の想像的構築という心的作業を考えるとき、テクストが誘起するさまざまな現象(たとえば、描写される人物や場面の視覚的想像、人物等への共感や反感、人物等の身体的経験の感覚的想像)のそれぞれにおいて、特定の読者のみに認知・経験されるものと、非常に多数の読者に共有されるものとを厳密に区別することはほぼ不可能であるが、野矢茂樹の眺望論・相貌論を用いてこれらの現象をある程度整理・分類することは可能であろう。野矢の眺望論・相貌論は現実世界の把握を想定したものであり、そこでは個々人の想像や思い入れなどはすべて、主体が知覚される対象に主観的に見てとる(あるいは読み込む)相貌として区分されるはずであるものの、実際には虚構世界の把握のあり方を考えるにあたっても、知覚的眺望と感覚的眺望、そして眺望と相貌との区別は、小説における視点(ジュネットのいう焦点化)の考察においても大いに有効なはずである。今日の物語論研究者ジェイムズ・フェイランによる、小説の一人称の語り手の作業の「情報共有・情報の解釈・倫理的判断」という分節化や、ジュネットの言う焦点化(語り手が提示する情報の範囲や精度)において一言に「情報」と呼ばれるものを、語り手・読者の両方の観点から整理していくことが肝要である。

今後の研究の推進方策

2021年度は、2020年度に引き続き新型コロナウィルスの影響で海外渡航が非常に困難であったため、2019年にアメリカ・マサチューセッツ州立大学図書館で行ったフォード・マドックス・フォードの『パレーズ・エンド』草稿(タイプスクリプト)収集の再開は実現しなかった。2022年度は、状況が許せば、残りの草稿およびフォードの書簡、小説の書評等の関連文献が所蔵されているコーネル大学図書館、テキサス大学オースティン校ハリー・ランサム図書館、およびプリンストン大学図書館を訪問し、一次資料を参照したいと考えている。また当面は、新旧の物語論における語りの視点をめぐる議論、および文学的印象主義の手法と効果についてのフォードの論考を参照しつつ、野矢の眺望論・相貌論を具体的に応用した小説テクストの分析を試みたい。

次年度使用額が生じた理由

新型コロナウィルスによる渡航制限等により、海外での調査活動や学会参加が不可能となり、当初の予算執行予定が2020年度に続いて2021年度も大幅に変更されることになった。2021年度の主な出費は、絶版となった洋書の古書購入等に充てられている。
2022年度使用額の用途については、自分自身あるいは同居家族の健康上の不安がない場合には渡米し、米コーネル大学(ニューヨーク州イサカ)およびテキサス大学(テキサス州オースティン)の図書館において、フォード・マドックス・フォードの草稿データの収集などを行いたいと考えている。また、コピー機兼スキャナー、およびその備品の購入も予定している。

  • 研究成果

    (1件)

すべて 2022

すべて 図書 (1件)

  • [図書] 『《言語社会》を想像する 一橋大学言語社会研究科25年の歩み』「 心のしくみ、しくむ心 認知と物語を考える」(川本玲子)2022

    • 著者名/発表者名
      中井亜佐子、小岩信治、小泉順也編著
    • 総ページ数
      352
    • 出版者
      小鳥遊書房
    • ISBN
      978-4-909812-79-7

URL: 

公開日: 2022-12-28  

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