研究課題/領域番号 |
20K00436
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
川本 玲子 一橋大学, 大学院言語社会研究科, 教授 (60345460)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | フォード・マドックス・フォード / 小説 / 物語論 / 認知 / 語り手 / ナラティブ / 野矢茂樹 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、フォード・マドックス・フォードの代表作とされる小説三部作Parade's End(1924-28)を主な題材として、小説の語りにおける語り手による視点の提示と、場面・人物の想像や物語展開の予測といった読者の心的作業との関係の分析を行うことである。この際、一方では最新の認知科学の発見を、また他方ではジェラール・ジュネットによる構造主義的物語理論の手法を援用し、またさらに野矢茂樹の哲学における眺望・相貌の概念を小説分析に導入することで、これまで多くの議論の対象となってきた語りの視点(およびそれを追いつつも相対化する読者の視点)の問題の整理を試みている。 2021年度、2022年度は、ジェラール・ジュネットによる構造主義的小説分析の限界について考察し、また90年代以降の「新古典」物語論のうち、特に認知科学的アプローチの有効性を検討した。その成果は平凡社から刊行予定の『文学批評の名著50』所収のジュネット『物語のディスクール』(1972)の項、および中井亜佐子他編著『《言語社会》を想像する』(小鳥遊書房、2022年)所収「心のしくみ、しくむ心ーーー認知と物語を考える」にそれぞれまとめた。 また2023年度には、これらの新旧の物語理論を援用しつつ、フォード・マドックス・フォードの初期の連作The Fifth Queen(1906-08)からThe Good Soldier(1915)を経てParade's Endに至るまでのフォードの小説的技巧の発展を、作家自身による小説論に照らして分析していく予定である。この際、野矢の哲学眺望論・相貌論と認知物語論をベースに、語りの手法によって導かれる小説読者の反応のパターンをある程度整理した上で、こうしたパターンがむしろフォードの小説においては撹乱されることを確認し、特にフォードの語り手・登場人物の視点の操作に着目することで、フォードの目指した小説の形を明確にあぶり出していきたい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年度、2021年度に続いて、2022年度も新型コロナウィルスの影響により海外での調査活動や学会参加が困難となった。このため2022年度の出費は、予定していたアメリカでの研究(フォードの草稿の分析)が行えなかったため、図書や備品等の購入にとどまっている。 この間の研究の進捗としては、ジェラール・ジュネット『物語のディスクール』において最も大きな争点となってきた視点の問題に特に着目し、ジュネットが提示した問題含みの概念である「焦点化」の対象となるものを、クッコーネンらによる最新の認知物語論、および野矢の有視点的眺望と感覚的眺望、および相貌という概念に照らして整理することを試みた。 具体的には、「身体化された物語論」を提唱し、4Eと呼ばれる認知の様相(Embodied, Enactive, Embedded, Extended)がいかに小説の読書に持ち込まれるかを分析するクッコーネンらの研究と、野矢の眺望・相貌論との理論的統合を目指してきた。前者が虚構の、後者が現実の経験を対象としていることから、これらを併用することには注意が必要であるが、読者の現実の記憶や知識と虚構的代理体験が融合されて成立する小説の読書という経験の詳細を解明するために、この統合の可能性を引き続き模索していきたい。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度は、2020年度、2021年度に引き続き新型コロナウィルスの影響で海外渡航が困難であったため、2019年にアメリカで着手したフォード・マドックス・フォードの『パレーズ・エンド』草稿(タイプスクリプト)収集の再開は実現しなかった。2023年度は、フォードの書簡、小説の書評等の関連文献が所蔵されているコーネル大学図書館を訪問し、一次資料を参照する予定である。フォードの執筆過程を追うことで、その小説的技巧の詳細を明らかにし、作家自身の小説論、および上で述べた物語理論に照らして分析していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度から2022年度までは新型コロナウィルスの蔓延により海外渡航が困難となったため、予定していたコーネル大学図書館での資料調査を2023年度に延期した。2023年夏に渡航計画を立てており、残りの使用額はこの渡航費・滞在費に充てる予定である。
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備考 |
(1)の雑誌の「113 断片化の時代の文学(構成・文:勝田 悠紀)」において、自閉症と文学についてのインタビュー内容が掲載されている。
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