研究課題/領域番号 |
20K00450
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
永井 容子 慶應義塾大学, 経済学部(日吉), 教授 (80306860)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 19世紀英文学 / 19世紀定期刊行物 / 女性作家 / 匿名性 / 隠蔽 / 視点 / 自己開示 |
研究実績の概要 |
研究3年目にあたる2022年度は、これまで2年間収集した資料を用いて考察を進めてきた研究内容を国際学会で発表し、また分析結果をまとめた論考を共著書として出版した。 匿名性や偽名(ペンネーム)の使用は、元来、定期刊行物において一般的に実践されていたことではあるが、1860年代までの間、この手法が女性の執筆活動全体を後押しし、自らの「声」を活字の形で公にすることを容易にしていたことを明らかにした。女性執筆家は、ジェンダーや社会的身分を隠蔽することにより、世間の批判や詮索から身を守っていたことは否めない。と同時に彼女たちは、批評家、随筆家、小説家として多彩な分野における広範な啓蒙と知を追い求めるきっかけを得て、文筆家としてのアイデンティティを確立していたと言える。作品に本名を記載しない理由には、政治的、イデオロギー的、商業的な目的など多くの事情が含まれるが、女性執筆家にとって匿名性は、身を守る手段であったと同時に、戦略的に自己発信する手段であったとの結論に至った。男性作家が主導権を握る当時の文壇において、匿名や偽名を用いて書くことが女性作家にとって多くの利点をもたらしたことを特にジョージ・エリオットの個人的な状況に光を当てながら解明した。その研究成果の一部は、2023年度に英語論文として海外の学会誌(The George Eliot Review, No. 54)に掲載されることが決まっており、同論文は、国際デジタル・アーカイブ(George Eliot Archive)においても公開される予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の初年度は、新型コロナウイルスの感染拡大による渡航規制により、英国での資料収集は実施できなかったが、研究2年目にあたる2021年度、そして研究3年目にたる2022年度は、予定していた年2回の海外渡航のうち1回は実現し、British Library(イギリス・ロンドン)およびNuneaton Library and Information Centre(イギリス・ナニートン)において一次資料の調査研究を進めることができた。2022年度は、これまで3年間に蓄積してきた資料と分析結果をまとめて国内外への研究成果の発信を遂行することができた。2022年9月1日から3日間開催されたBAVS (British Association of Victorian Studies) 2022 Conference (イギリス・バーミンガム)のパネルセッションでは、19世紀女性作家が匿名・偽名を用いて執筆活動をする意図を明らかにし、身分を隠蔽する行為が彼女たちの内なる「声」を表す自己開示の手段であったことをジョージ・エリオットを中心に論じた。また、2021年12月11日の日本ジョージ・エリオット協会全国大会シンポジウムで発表した論考は、2023年3月に春風社より上梓された共著書『オースティンとエリオット<深遠なる関係>の謎を探る』の第3章「オースティンとエリオットー匿名性と作品を取り巻く視点」として掲載された。本研究は、2023年度に最終年度となるが、総合的にみて、これまで概ね順調に進展していると判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は本研究の最終年度にあたり、当初の計画通り、海外研究者との交流を進めながら研究の総括をし、研究成果を国内外に発信する予定である。「現在までの進捗状況」に記した通り、2022年には、BAVS主催の国際学会で研究成果の一部を発表した。本発表内容を基にした論文が2023年8月刊行予定のThe George Eliot Review (Journal of the George Eliot Fellowship)に掲載される。Reviewに掲載された論文は、国際デジタル・アーカイブ(George Eliot Archive)でも公開されるため、研究成果を国内外に幅広く発信する形となる。2022年は米国Auburn UniversityのBeverley Park Rilett准教授とイギリス・ナニートンで共同調査を行なったが、2023年の夏、再び渡英し、Nuneaton Library and Information Centre(イギリス・ナニートン)に所蔵されているジョージ・エリオットの未公開の書簡を引き続き精査することになる。この調査作業は、当初の研究計画には含まれていないものだが、エリオットが生前近親者や友人宛てに送った書簡が、定期刊行物や小説同様、彼女の内なる「声」を表す自己開示の手段であった可能性は否めず、検討に値すると判断した。ナニートンには、エリオットに関する未発掘の資料が他にも存在するため、海外の研究者と協力しながら、新規性の高い資料調査を続けたい。また、エリオット以外の女性執筆家(ハリエット・マルティノーやマーガレット・オリファント)についても、なお追加調査を必要とするが、これは、研究の総括を進めながら、同時並行的に遂行することで当初の目標を達成したいと考えている。
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