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2021 年度 実施状況報告書

ムージルの〈遙かな愛〉の精神史的系譜

研究課題

研究課題/領域番号 20K00469
研究機関京都大学

研究代表者

大川 勇  京都大学, 人間・環境学研究科, 名誉教授 (10194086)

研究期間 (年度) 2020-04-01 – 2024-03-31
キーワードムージル / 遙かな愛 / 兄妹愛 / やさしさ / ヴァイニンガー / トルバドゥール
研究実績の概要

本研究は、従来近親相姦モティーフを軸に論じられてきたムージルの『特性のない男』研究に新たな視点を導入し、トルバドゥールに由来する〈遙かな愛〉の視点から『特性のない男』における愛の問題を解明しようとするものである。具体的には、(1)遺稿部の第二巻第39章から第52章までを文献学的手法で成立順に考察し、そこに兄妹愛における「脱性愛」と呼びうる現象が見いだせるかどうかを検討する。(2)『特性のない男』の〈遙かな愛〉をヨーロッパにおける〈遙かな愛〉の精神史的系譜に位置づけることによって、ムージルの愛の観念の独自性を析出する。
(1)については、昨年度『特性のない男』第二巻を翻訳する過程で見出した、兄妹の濃密な肉体的接触以外にも、肉体的接触を伴わないシーンにおける官能の発露を読み取ることができた。だがそれはストレートに性愛につながるものではなく、新たに翻訳したリンドナー関連の諸章でリンドナーがアガーテに向ける性的欲望と比較することで、広義の精神的愛のかたちを示唆していると解釈することができた。
(2)については、昨年度『性と性格』を翻訳する過程で明らかになったヴァイニンガーの性愛拒否、さらには「純粋な人間」として甦った女性を自分の人生の「同行者」にしたいというユートピア的願望と通じる記述がリンドナーの思考として『特性のない男』の遺稿部に見られるのを見出した。また、遺稿部第47章で語られる、濃密な肉体的接触を経たあとの兄妹の「中断された性交にも似た重苦しい状態」という言葉がトルバドゥールの〈遙かな愛〉に通じるものであることを、〈遙かな愛〉の一形態を「性交の中断」(coitus interruptus)と見なすO・パスの示唆を得て確認することができた。以上の知見から、トルバドゥール、ヴァイニンガー、ムージルを結ぶ〈遙かな愛〉の精神史的系譜にひとつの道筋をつけることが可能となった。

現在までの達成度 (区分)
現在までの達成度 (区分)

2: おおむね順調に進展している

理由

ムージルの『特性のない男』の遺稿部については、第二巻の翻訳を通して、これまで認識されていなかった兄妹愛の位相を明らかにしつつある。ヴァイニンガーについては、『性と性格』の翻訳を通して得た知見を論考「ヴァイニンガーの『性と性格』は女性嫌悪の書か――須藤温子『エリアス・カネッティ――生涯と著作』を読んで」(日本独文学会『ドイツ文学』第162号、2021年)として公表した。

今後の研究の推進方策

外国文学研究における翻訳の重要性を再認識したため、今後も『特性のない男』を中心に、研究の重要な基礎としての翻訳に基づいて考察を進めていきたい。ムージルについては、当初の予定では『特性のない男』遺稿部を中心とする第二巻に限定していた翻訳の範囲を、愛のテーマに即するかたちで第一巻にまで広げ、ディオティーマ、ボナデーア、ハーガウアー、リンドナーら主要な登場人物との関係に目配りしつつ、より広い視野の元で考察していく。また、今年度新たに得た知見を元に、トルバドゥール、ヴァイニンガー、ムージルを結ぶ〈遙かな愛〉の精神史的系譜についても、論文のかたちで公表していく。

次年度使用額が生じた理由

コロナ禍の影響で今年度予定していたオーストリア国会図書館での資料調査を見送らざるを得なかったため、外国旅費が発生しなかった。また昨年度に引き続き学会が従来の形で開催されなかったため、国内旅費も発生しなかった。くわえて、研究のかなりの時間を翻訳に費やしたため、研究のための本の購入が少なかった。次年度も基本的に研究の基礎としての翻訳を継続するが、研究成果を公表する過程で次第に本の購入費が増大していくであろうと考えている。

  • 研究成果

    (1件)

すべて 2021

すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)

  • [雑誌論文] ヴァイニンガーの『性と性格』は女性嫌悪の書か――須藤温子『エリアス・カネッティ――生涯と著作』 を読んで2021

    • 著者名/発表者名
      大川勇
    • 雑誌名

      日本独文学会『ドイツ文学』

      巻: 162号 ページ: 246-250

    • 査読あり / オープンアクセス

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公開日: 2022-12-28  

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