研究課題/領域番号 |
20K00482
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研究機関 | 津田塾大学 |
研究代表者 |
新本 史斉 津田塾大学, 学芸学部, 教授 (80262088)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ドイツ語文学 / 越境文学 / スイス / ハンガリー / 翻訳論 |
研究実績の概要 |
2020年10月21日にスイス、ローザンヌ大学の文学翻訳センターが主催した連続講演「イメージの翻訳」の一環として、講演 "Ins Japanische uebertragen heisst ins Bildliche umsetzenーUebersetzungsstrategien im Umgang hochrhetorischer Schweizer Literatur der Moderne"をオンラインにより実施し、現代スイス文学作品を言語構造の異なる日本語へ翻訳する際に生じる新たな解釈可能性について論じた。 2020年11月23日には『第4回ヨーロッパ文芸フェスティバル』において越境作家テレージア・モーラとの朗読・討論会をオンラインで実施し、最新小説集『よそ者たちの愛』での、現代社会システムから落伍する「よそ者」の表象可能性、移住者にとっての故郷の喪失と変容などのテーマについて議論することができた。 2021年1月には、20世紀前半のドイツ語圏における「探偵小説」ジャンルの成立とそこからの差異化の観点から作家フリードリヒ・グラウザーの小説『体温曲線表(Die Fieberkurve)』を論じたドイツ語論文、" <das junge jakobli laesst den alten jakob gruesen>-Poetik im Dazwischen der Sprachen und jenseits der Sprache in Friedrich Glausers Kriminalroman Die Fieberkurve” を出版した。 2021年1月には、スイスの作家ローベルト・ヴァルザーがみずから編んだ散文作品集『詩人の生』を日本語に翻訳し、中期のビール時代(1913-21)におけるヴァルザーの自己虚構的詩人像の展開について解説で詳論した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の出発点には、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語および多数の方言との緊張関係の中で、多言語的作品が紡がれてきたドイツ語圏スイス近現代文学への関心があるが、その出発点に位置する20世紀前半の作家ローベルト・ヴァルザーが自己虚構的にさまざまな<詩人像>を描き出した作品集を翻訳し、さらには同じく20世紀前半の作家フリードリヒ・グラウザーが「探偵小説」の衣をまといつつ、言語の複数性、自己の複数性をめぐる高度な反省を書きこんでいる長編小説を分析することによって、現代スイス文学の展開と、複数性の意識、広義の翻訳行為が切り離せない関係にあることを明らかにすることができた。 こうした言語意識、主体意識から生まれる、高度にレトリカルな現代スイス文学をどのように日本語に翻訳しうるか、その際にいかなる未知の解釈・表現可能性が生じうるかについて、独・仏・伊語をはじめ複数言語を母語とするローザンヌ文学翻訳センターの研究者および学生たちと議論することにより、日本語からの視線において何が見えていないかのみならず、ヨーロッパ言語間の翻訳=解釈における盲点についても、テクストの具体的箇所に即しつつ明らかにすることができた。 さらには、現在、ドイツ語圏において最も注目されている、ハンガリーからの越境作家テレージア・モーラと、その最新テクストを前に直接議論することによって、現代ヨーロッパにおける移民史と越境文学の関係について、またそれを背景としたときの2020年のコロナ禍における国境封鎖の意味についても、認識を新たにすることができた。2021年度に執筆予定の論文において、これら得られた認識に形を与える予定である。 以上の2つの企画における、国境と言語を越える対話は、いずれも当初は対面で行われる予定であったが、結果的には -幸いなことに- オンラインによる対話可能性を参加者に認識させるものとなった。
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今後の研究の推進方策 |
多言語環境の中で生まれただけでなく、世界の40以上の言語に次々と翻訳されていくことで、原作の新たな解釈可能性と翻訳先言語での新たな表現可能性を拓いてゆくーその意味で「世界文学」的展開を見せつつあるーローベルト・ヴァルザーの作品のさらなる翻訳プロジェクトを進めるとともに、その詩人像形成に決定的影響を与えてきた重要な二次文献、スイスの作家カール・ゼーリヒによる作品『ローベルト・ヴァルザーとの散策』を白水社より翻訳出版(2020年11月予定)する。 このゼーリヒの作品における「伝達者=翻訳者」によるバイアスのかかった作家像の生成について、明治大学ドイツ文学会(2020年6月予定)において、口頭発表を行う。 続いて、2020年度に翻訳出版したヴァルザーの作品『詩人の生』におけるさまざまな詩人像の分析を進め、作家イメージの生成において、作者と翻訳者の間でいかなる抗争が展開しうるのかについて、スイス文学会(2020年9月予定)で口頭発表を行う。 上記の研究発表での討論を受け、作家+翻訳者2つの声からの詩人像の生成、さらには詩人像生成と世界文学的展開の関係について、明治大学文学部紀要『文芸研究』(2022年3月予定)に学術論文を執筆する。 2020年度秋の朗読・対談会の成果を踏まえ、ハンガリーからの越境作家テレージア・モーラの作品において<越境>および<翻訳>モチーフが果たしている、決定的に重要な役割について、津田塾大学紀要に研究論文を執筆する。 日本および世界におけるヴァルザー翻訳を通じての詩人像の生成と変容について、ヴァルザー翻訳者、若林恵とオンライン対談を行い、そこでの得られた認識を、紙上対談形式によって『図書新聞』(2020年6月予定)に掲載する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度は、テレージア・モーラをはじめとする越境作家を迎え、ゲーテ・インスティトゥート東京のみならず、首都圏の複数の大学において、越境文学を主題とする講演・討論会を開催する予定にしていたが、新型コロナウイルス感染拡大のため、ヨーロッパからの作家の来日が不可能となり、オンラインによる限定的開催となった。そのため、講師謝礼・旅費等の支出は予定よりも減少することとなった。一方、オンライン会議を円滑に効果的に進めるためにコンピューター、周辺機器等については予定よりも前倒しで使用する必要が生じた。最終的に、9万円強の額については今年度は使用せず、来年度以降の旅費、謝礼費等に充当することとした。可能であれば2021年度に、感染状況がそれを許さない場合は2022年度に、今年度実現できなかった資料収集、シンポジウム等を実施し、そこで使用する予定である。
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