研究課題/領域番号 |
20K00497
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
菊池 正和 大阪大学, 大学院人文学研究科(外国学専攻、日本学専攻), 教授 (30411002)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 未来派綜合演劇 / 未来派芸術における身体性 / フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ |
研究実績の概要 |
令和4年度は、未来派演劇において最も革新的な劇作法が具現化された綜合演劇における身体性を検証するために〈未来派綜合演劇宣言〉に焦点を当て、宣言の全文を学術雑誌に翻訳した上で、宣言文に示された劇作法やそこにおける身体性が、実際の戯曲やその上演実践においてどの程度実現されているのかを学術論文において綿密に検証した。また、学術書の一章において日本における未来派の受容とその影響について詳らかにした。 「綜合演劇」の提案は、それまでに未来派が文学や美術において探求していたダイナミズムや同時性の表現を演劇の分野に翻案したものであった。文学における自由語の類推的・視覚的なメカニズムが無論理的で驚きを惹起するプロットに移され、時間と空間の相互連関的な変化相を同一画面に同時に表現しようとした絵画における同時主義が、相互浸透の劇作法に適用された。だが、演劇におけるこうした試みは、その直観的着想が芸術表現として完成にまで到達しなかった。適切な設備の不足や技術面での課題が、テクストにおいては実現できた「綜合」を上演において妨げたのである。また、戯曲テクストに限定しても、それは〈綜合演劇宣言〉が謳っていた革新性に到達していたとは言えない。近代演劇の冗長な技法を否定し、短さを基底にして提出した相互浸透や同時性、物体のドラマの劇作法は、驚嘆を媒介に観客の当事者性を喚起したという点では、ある程度アヴァンギャルドの相貌を備えていたと言える。だが一方で、それらの劇作法を通して表現することを意図した「感覚の綜合」という概念は、前近代的な象徴主義の影響を完全に逃れるものではなかった。未来派の綜合演劇は、前衛とモダニティをめぐる認識の揺らぎのうちに提出されたこともあり、同時代の歴史的前衛や第二次大戦後の不条理演劇、リヴィングシアターなどへの影響にもかかわらず、西洋演劇史においては周辺に位置づけられている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度の研究課題として予定していた、未来派演劇における身体性の「抽象化」に関しては、年度末にミラノやロヴェレートの図書館やアーカイブを訪れ、「造形演劇」を提唱した舞台装飾家フォルトゥナート・デペーロの資料を中心に収集・整理するところまでは進めることができたが、その後、綜合演劇の劇作法の検証や未来派の日本における受容に関する論文執筆に時間を割いたために、抽象化された身体表象による舞踊芸術の実験やルッジェーロ・ヴァザーリが『機械の苦悩』や『ラウン』といった一連の戯曲において提起した、機械化された身体に対する反措定についての論考をまとめることができなかった。 また、同様に今年度の研究課題としていた素顔の仮面化、身体のマリオネット化といった特徴を持つグロテスク劇に関する調査に関しても、その代表的な劇作家であるロッソ・ディ・サンセコンドの戯曲を中心に分析を進めてはいるものの、まだ学術論文という形で研究成果を公表するところまで到達していない。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題において仮説として提示していた未来派演劇の身体性の2つの側面である「機械化」と「抽象化」に関して、これまで調査してきたことを学術論文の中で検証していきたい。具体的には、機械化された身体表象による「バレエ・メカニック」や「造形演劇」、そして抽象化された身体表象による舞台美術の試みなどの意義やヨーロッパ演劇に与えた影響、そしてその限界と反措定に至るまで、未来派演劇をその身体性の観点から捉え直した論考を複数発表したいと考えている。 その後、20世紀前半のイタリアにおいて、未来派演劇と並行して生まれていたグロテスク劇やピランデッロ劇における身体表象(仮面のモチーフやマリオネット性)も併せて検討することで、また、バウハウスの「三人組バレエ」やメイエルホルドの「ビオメハニカ」などにおける身体性との比較や影響関係の有無を検証することで、同時代のヨーロッパ演劇における身体性の概念について明瞭なヴィジョンを提出したい。 研究成果を学術論文として公表することが間に合わない場合にも、学会や研究会、未来派関連のシンポジウムなどで、その成果を広く公表するつもりである。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和2年度、3年度に予定していた海外実地調査がコロナ禍の影響で実施できず、旅費の執行ならびに現地及び帰国後に使用予定であった諸費用(一次資料の翻訳費用や研究協力者のプルーフリーディング費用などの人件費・謝金)の執行もなかった。また、本研究課題の終了期限を1年繰り越したことにより研究成果発表に要する費用の執行も来年度に回したために、次年度使用額が生じた。 本研究課題最終年度にあたる令和5年度には、1週間程度の現地調査と研究成果発表のために予算の残額を使用するつもりである。
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