研究課題/領域番号 |
20K00499
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
福元 圭太 九州大学, 言語文化研究院, 教授 (30218953)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | リヒャルト・ゼーモン / 「ムネーメ」理論 / エングラム / エクフォリー |
研究実績の概要 |
本研究は、これまでの学術研究において等閑視され、ほとんど忘却されてきたドイツの生物学者リヒャルト・ゼーモンの記憶に関する理論、いわゆる「ムネーメ」理論の意義と重要性を解明することを目的とするものである。 今年度はまず研究ノートにおいて本研究の重要な論点を整理し、何が問題となるのかを提示した。また今年度1本目の論文で、本邦においてはほとんど知られていないリヒャルト・ゼーモンの人物に関する伝記的事実、ならびに学術的な経歴と著作を、特にゼーモンの生涯オットー・ルーバルシュの回想記によってつまびらかにし、ゼーモンが「ムネーメ」研究を遂行した経緯を明らかにした。 また今年度2本目の論文で、ゼーモンの主著『有機的事象の変遷における保存原理としてのムネーメ』(1904年)の理論編に当たる第1章、第2章を取り上げ、「ムネーメ」理論について、その枢要な部分、特に「エングラム」という記憶痕跡の形成と、それを検索・想起する「エクフォリー」という、いわば「記憶の解錠システム」について論じた。その際、ゼーモンが「ムネーメ」理論を構築する際に参照した記憶に関する議論、特に生物の本能は記憶の一種であるというテーゼを掲げ、同時代の知識人に大きなインパクトを与えたエーヴァルト・ヘーリングの講演とゼーモンの理論との関連を概観した。 なお『有機的事象の変遷における保存原理としてのムネーメ』は、岩波書店の「名著精選」シリーズの一環である『無意識と記憶』に、その1~3章が邦訳されているが、同書のやや長い第4章をすでに今年度に翻訳し終えているので、2022年度中に公刊する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究ノート1本、論文2編を公刊し、2022年度に公刊する翻訳稿(ゼーモンの主著の一部)を仕上げることができたため、研究は「おおむね順調に進展している」と言いうる。
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今後の研究の推進方策 |
もともとドイツ連邦共和国に出張し、現地でゼーモン関係の資料を収集する予定であったが、一向に収まらないコロナ状況に加え、ロシアの侵攻によるウクライナ情勢に鑑み、ドイツの政情・日常生活も不安定な状態にあるので、落ち着くまでは日本で研究を推進する予定である。 今年度はゼーモンの主著『有機的事象の変遷における保存原理としてのムネーメ』第5章以降を概観し、その「ムネーメ」理論の全体像を明らかにする。またこの理論に対する同時代人の評価や批判を検討し、なぜゼーモンが忘れられていったのかを考察する。 研究の進捗状況によっては、現在知られている、生理学的な記憶のメカニズムとゼーモンの理論を比較検討し、その先見性およびその限界について論及する。 またゼーモンの理論が人文学に与えたインパクトを探るため、哲学・美学・心理学や教育学の分野におけるゼーモンへの言及について、資料の精査を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究課題期間の初年度(令和2年度)にドイツ連邦共和国に出張して、関係機関や図書館で資料収集に当たる計画を立てていたが、コロナ状況が依然として厳しく、令和3年度が終了してもまだ出張することができずにいる。そのため、特に旅費の使用が皆無という状態であり、研究費の大幅な余剰が見られる。 コロナ状況が収まれば出張することを考えてはいるが、今度はロシアのウクライナへの侵攻が始まり、戦況によっては欧州への渡航が危ぶまれるかもしれず、なお予断を許さない。 この状況に鑑み、出張が不可能であることも踏まえて、特にドイツからの古書を始めとする資料の収集に補助金を使用させていただく予定である。
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