研究課題/領域番号 |
20K00508
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
桂 元嗣 武蔵大学, 人文学部, 教授 (40613401)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ムージル / オーストリア / 中欧 / 語り / 自伝 |
研究実績の概要 |
本研究は、現在の中欧文化研究においてR・ムージルのカカーニエン概念を適用することの妥当性を、ムージルのユダヤ観、ユダヤ作家との共通性、彼の主要概念「特性のなさ」との関連を分析しつつ検証するものである。研究項目として①戦間期の反ユダヤ主義とムージル、②ムージルのエッセイスムスとユダヤ系作家の「小さな形式」、③ムージルの「特性のなさ」と同化ユダヤ人の「特性の放棄」、④戦後ウィーンの復興とユダヤ文化抹消との関連、の4点があり、2021年度は②を中心に研究を行った。 ムージルが『特性のない男』で用いる語りは、語る現在と、語られる対象となる過去との間の変化や断絶を意識しながらその双方に軸足を置く「エッセイ自我」を形成する。この語りの形式を、ユダヤ系作家ポルガーの「小さな形式」と呼ばれる散文と比較し、親和性や影響関係を分析するのが当初の目的であった。計画では分析対象となるポルガー関連資料を、オーストリア国立図書館を中心に収集・分析する予定であった。しかし新型コロナウイルスの影響で海外渡航が不可能となるなど、予定変更を余儀なくされた。最終的には当初の計画をふまえつつ、ムージルが戦間期に『特性のない男』と同時期に書いた短編小説「トンカ」を取り上げ、青年期の日記に記される過去を、箴言的な語りが特徴的なこの小説における語りの形式を中心に分析し、その成果を共著『人文学のレッスン』(小森謙一郎・戸塚学・北村紗衣編、水声社、2022年)に公表した。 また、従来の研究(基盤C:16K02574)から継続する内容として、冷戦時代の作家ミロ・ドールの自伝的エッセイから中欧概念の分析を行った。冷戦文学については、現在研究分担者となっている基盤B(20H01247)の研究対象であり、研究成果も基盤Bとして計上しているが、本研究課題とも密接な関係があり、本研究の助成で関連書籍を購入しているため、付記しておく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度は新型コロナウイルスの感染拡大の影響で海外渡航ができなかったため、研究項目②で取り上げる予定であったポルガー関連資料は当初想定していたほどには収集することができなかった。2022年度に状況が改善するかは引き続き不透明であり、2021年度の研究計画をそのまま2022年度に継続することは難しいと考えている。とはいえ、ムージルのエッセイスムスについては2021年度の「トンカ」研究によってその特徴を示すことができており、戦間期のオーストリアにおける「小さな形式」を検証するには、引き続きポルガーに着目するほか、研究項目③で扱う予定の作家モルナールを取り上げることによっても可能である。モルナールについてはすでに研究の蓄積があるため、彼の研究を行いながら2021年度に行う予定であった研究内容を補うことは十分可能であると考える。そのため研究はおおむね順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
交付申請書にあるとおり、2022年度は研究項目③(ムージルの「特性のなさ」と同化ユダヤ人の「特性の放棄」)を中心に研究を進める。H・アーレントの『隠された伝統』(1976)で指摘されている、同化ユダヤ人の個人主義を極限まで押し進めた先に生まれる「特性のない」文化の例として、すでに研究実績のあるハンガリーの作家モルナールの小説・戯曲を扱う。そのうえでムージルの中心概念である「特性のなさ」と比較する。翻訳という異なる言語の「間」に中欧の複文化的状況を見出したいため、分析にあたっては、ポルガー、トーアベルクらによる翻訳作品を中心に扱う。研究成果は論文にして発表予定である。資料については、オーストリア・ウィーンにある演劇博物館を中心に収集する予定であるが、研究項目①②で用いるベッタウアー、ポルガー関連のものを含め、新型コロナウイルスの影響が一段落し、海外渡航が可能になった時点で収集活動を再開する。現時点では東京大学図書館の利用や書籍購入によって入手可能なテクストの収集・読解に努める。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍により現地調査が行えず、また学会がオンライン開催になった影響で未使用額が生じた。次年度請求額と合わせ、2022年度以降の現地調査にあてる予定だが、実施ができない場合は資料購入費の一部として使用する計画である。
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