研究課題/領域番号 |
20K00526
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
大田垣 裕子 兵庫県立大学, 看護学部, 教授 (20290330)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 牧歌 / 牛飼い / 環境美学 / 環境批評 / 農民詩人 |
研究実績の概要 |
本研究ではロマン主義運動が顕著であったイギリス、ドイツ、フランスとその運動を受け継いだ日本における牧歌、特にミルクメイドや牛飼いが登場する作品についてこれまで看過されてきた農業労働者たちの環境美意識にも焦点をあて、その言説を調査・比較対照し、そこにみられるロマン主義的環境美学の継承とその独自性を社会階層差・ジェンダー差・地域差から検分することで、環境美学の位相を明らかにすることにより人間と環境の関係性を考究し、喫緊の課題である生物多様性・持続可能性に資することをめざしている。 研究計画2年目の令和3年度は、ロマン派作家のウィリアム・ワーズワスと原爆作家の原民喜の作品を比較して、そこにみられる牧歌的生活へのノスタルジアがいかに現代のグローバル資本主義社会を生きる私たちの孤立状態に通じているかを考察し、‘Romantic Disconnections and Reconnections: William Wordsworth and Tamiki Hara’を国際学会(BARS)で発表した。 またロマン派作家、アン・ヤーズリー、カーク・ホワイト、その系譜につながる島崎藤村、ジョン・バージャーの作品の中で牛飼いがモチーフとして登場する作品を取り上げて、人間と牛との関係、さらに広く家畜、野生生物との関係を検分し、白人至上主義の象徴としてのミルクがいかに経済的搾取の対象となる人々や近代化した農業工場で量産される動物たちの犠牲のうえに成り立っているかを ‘Clifton Walks: Milkmaids Real and Imaginary’ (Romantic Environmental Sensibility: Nature, Class and Empire : Edinburgh University Press)で論じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度は上述の6人の作家のうち、特に原民喜、島崎藤村、ジョン・バージャーに関する文献収集・精査を行った。階層、ジェンダー、地域が異なる作家が提示する人間と自然・社会との関係性を明らかにすることが、今後の私たちの方向性の考察につながることを学会および書籍(共著)において発表することができた。しかし、コロナ感染拡大のため、海外調査が未実施である。予定していた作品舞台となった現地の地勢、景観、歴史、文化の調査や現地でしか入手できない当該地域の実情に関する情報入手ができていないため。
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今後の研究の推進方策 |
令和4年度は一昨年度に引き続き、ドイツの牛飼いのアンナ・ルイ―ザ・カルシュ(1722-1791)、イギリスのミルクメイド、アン・ヤーズリー(1753-1806)の情報収集・精査を行う。この2人は啓蒙主義に対するアンチテーゼとして提案された天才賛美、感情・陶酔を重視したロマン主義時代の時流に乗った詩人たちである。彼女たちの描く自然は、当時の牧歌やピクチャレスクの伝統に沿ってはいるが、自然を眺める詩人は、見渡すものすべてを所有しているのではなく、またそこに多様性の中の統一を見出すのでもない。これまで看過されがちであった農民の視点からの環境美学を追究し、理論の精緻化に努め、その成果を国際学会で発表する予定である。 また、上述のアン・ヤーズリーを含むロマン派の詩人・科学者たちの知的交流に焦点を当て、主として彼らの自然描写の中に埋め込まれた当時の科学知識との響き合いを検討することで、彼らの環境美学を考察すると同時に、社会・経済構造が大変革したロマン主義時代にいかに最先端の知を踏まえながら課題に対処していったのか、そこに過去から現在を照射し、そして未来への指針を見出したい。 さらに、コロナ感染状況が許せば、ジョン・バージャーの作品について現地調査を行う。彼は1970年代半ばにフランス・アルプスの小村ヴァレー・デュ・ジッフルに移り住み、亡くなるまでそこで農業をしながら多彩な表現活動を続けた。『労働の中へ』3部作はその体験に基づいた短編小説集である。第1部『豚の大地』は乳牛の屠殺場面から始まっている。彼は今や小作農がフランスで、そしてその他の地域で消えつつあることについて、それは歴史の消去であると語る。令和3年度に実施したバージャー作品関連の資料調査・考察を踏まえ、そこに描かれる農民の動物、自然に対する感受性とルソー以来のアルプスの自然賛美の心情を実地検証する。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和2年度、3年度に実施予定であった海外調査がコロナ感染拡大のため実施できなかったので、感染状況が許せば、令和4年度に実施する計画であるから。
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