研究課題/領域番号 |
20K00526
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
大田垣 裕子 兵庫県立大学, 看護学部, 名誉教授 (20290330)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 環境美学 / 環境批評 / 牧歌 / 農民詩人 / 牛飼い / ブリストル・サークル / 不可秤量物質 |
研究実績の概要 |
本研究ではロマン主義運動が顕著であったイギリス、ドイツ、フランスとその運動を受け継いだ日本における牧歌、特にミルクメイドや牛飼いが登場する作品についてこれまで看過されてきた農業労働者たちの環境美意識にも焦点をあて、その言説を調査・比較対照し、そこにみられるロマン主義的環境美学の継承とその独自性を社会階層差・ジェンダー差・地域差から検分することで、環境美学の諸相を明らかにすることにより人間と環境の関係性を考究し、喫緊の課題である生物多様性・持続可能性に資することをめざしている。 研究計画3年目の令和4年度は、令和2年度・3年度に引き続き、ドイツの牛飼いのアンナ・ルイ―ザ・カルシュ(1722-1791)とイギリスのミルクメイド、アン・ヤーズリー(1753-1806)の情報収集・整理・分析を行った。彼女たちが作中で描く風景は当時の景観詩にみられる「調和的な不一致」ではなく、あえて統一を与えない世界観を示しており、自然と社会の構造的相似が認められた。以上のように、これまで看過されがちであった農民の視点から環境美学を考究し、その成果を第19回ドイツ・イギリスロマン派国際学会にて発表した。 また、上述のミルクメイド詩人、アン・ヤーズリーを含むロマン派の詩人・科学者たちの知的交流に焦点を当て、主として彼らの自然描写の中に埋め込まれた当時の科学知識との響き合いを検討することで、彼らの環境美学を比較・検討すると同時に、社会・経済構造が大変革したロマン主義時代にいかに最先端の知を踏まえながら課題に対処していったのかを追究し、その成果を日本英文学会第94回大会シンポジア「サイエンスと詩の弁明」において発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度は本研究で取り上げる予定の6人の作家のうち、特に、アンナ・カルシュ、アン・ヤーズリー、ジャネット・リトル、ジョン・バージャーに関する文献の収集・整理を行った。階層、ジェンダー、地域が異なる作家が提示する人間と自然・社会との関係性を明らかにすることが、私たちと環境の関係性を相対化し、今後の方向性の考察につながることを国内外の学会で発表することができた。しかし、コロナ感染拡大のため、海外調査が未実施である。予定していた作品舞台となった現地の地勢、景観、歴史、文化の調査や現地でしか入手できない当該地域の実情に関する情報入手できていないため。
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今後の研究の推進方策 |
令和5年度は昨年度ドイツ・イギリスロマン派国際学会にて研究発表したドイツの牛飼い、アンナ・ルイ―ザ・カルシュ、とイギリスのミルクメイド、アン・ヤーズリーに関する考察内容についてさらに議論の精緻化を図り、論文としてまとめる予定である。ヨアイム・リッターによれば、「風景」が生み出されたのは自然科学が著しく進展した近代であるという。自然と分断された人間は、自然美を愛でるようになった。その環境美学は、農を生業とする労働者のそれとどのように異なるのかに焦点をあて、論考を深める。 また、宮沢賢治(1896-1933)はヨーロッパ・ロマン主義芸術の影響を受け、自らも農業を実践した作家である。「牛」や「牛飼い」が登場する彼の作品にみられる環境感受性について吟味し、近代工業化や植民地主義への批判について考察する。 さらに、コロナ感染状況が許せば、ジョン・バージャーの作品について現地調査を行う。彼は1970年代半ばにフランス・アルプスの小村に移り住み、亡くなるまでそこで農業をしながら多彩な表現活動を続けた。『労働の中へ』3部作はその体験に基づいた短編小説集である。第1部『豚の大地』は乳牛の屠殺場面から始まっている。彼は今や小作農がフランスで、そしてその他の地域で消えつつあることについて、それは歴史の消去であると語る。これまでに行ったバージャー作品関連の資料調査・考察を踏まえた上で実地検証し、そこに描かれる農民の動物や自然景観に対する感受性とルソー以来のアルプスの自然賛美の心情を検分する。
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次年度使用額が生じた理由 |
上述のように令和2年度から令和4年度に実施予定であった海外調査がコロナ感染拡大のため実施できなかったため。
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