昨年度に引き続き、日本語の目的語作用域解釈の分析を継続し、その理論的・経験的帰結を検討した。特に、今年度は、分析から導かれる帰結の1つである、線形語順に影響を与えない目的語の移動について考察した。前年度までの研究では、主語が道具格を受ける場合、後続する主格目的語が可能接辞に対して広い作用域を取れないことを確認した。これは、道具格主語が動詞句内に留まるため、後続する主格目的語が、線型語順に影響を及ぼさないかたちで動詞句の外に移動することができないためである。主格目的語が動詞句内に留まるため、可能接辞よりも低い位置で作用域を取ることになる。今年度は、主格目的語が道具格主語に後続しながらも可能接辞よりも広い作用域をとる事例を複数考察した。より具体的には、道具格主語に後続する主格目的語の作用域が可能接辞に対して広くなる以下の場合を検討した:(1)道具格主語の直後にポーズが置かれる場合、(2)道具格主語に話題の助詞「は」が添加される場合、(3)道具格主語が上位の節に移動する場合。考察の結果、この状況下においては、道具格主語は、基底生成される動詞句内の位置から時制句よりも更に上位の位置に移動していることが明らかになった。そのため、主格目的語が道具格主語に後続しながらも時制句の領域に生起することが可能になり、可能接辞よりも広い作用域をとることが可能になる。この結果は、スクランブリングや名詞句移動は反局所性に従うという前年度までの主張を支持するものである。
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