研究課題/領域番号 |
20K00536
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
那須 昭夫 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (00294174)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | アクセント / 音調 / 変異 / 付属語 / 地域差 / 音韻論 / 日本語 |
研究実績の概要 |
令和2年度は、①録音調査資料の分析ならびに②コーパスを活用した音調変異の地域差の実態把握を活動の中心に据えて研究を推進した。 ①録音調査資料の分析:動詞連用形に接尾辞「-方」が結合した派生語(例:遊び方・話し方)における音調変異の実態を、録音調査資料の分析を通じて記述した。接尾辞「-方」は式保存型の音調特性を示す形態素のひとつだが、一般の式保存型付属語には見られない特徴として起伏形式が平板化するタイプの変異があることが挙げられる(例:ハナシカ]タ-ガ -> ハナシカタ-ガ=(話し方))。本研究では録音調査資料の分析を通じて、2拍語長の前接動詞を含む形式において平板化変異の生起率が最頻になることを捉えた。前接動詞が2拍であるということは、「動詞+方」からなる派生語全体は4拍の語長をなすことを意味する。すなわち上述の結果からは、4拍からなる語長が平板型と最も親和性の高い語長であるとの知見が得られる。 ②コーパス分析:接尾辞「-方」を含む派生語の音調実態について、『日本語話し言葉コーパス(CSJ)』の非コア部分に含まれる発話の分析を通じて考察した。CSJ所収の自発発話データからは平板化変異の頻度に地域差があることが明瞭に捉えられた。すなわち、東京出身者よりも京阪神出身者の方が平板化の頻度が明らかに高い。本研究では、その背景として話者の母方言(近畿方言)の干渉があることを明らかにした。接尾辞「-方」は標準語では式保存型形態素に属するが、近畿方言では平板化形態素として働く。このため、京阪神話者は標準語の運用を意識しつつも、一部に近畿方言の音調特性が干渉することにより平板化の頻度が高くなるものと考えられる。この知見の意義は、方言地域出身者のアクセント形成が標準語の規則と母方言の規則との併用のもとに成り立っていることを、実証的裏づけを以て示し得たところにある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究の計画段階では当初、一対一対面形式による臨地録音調査を前提とした活動を構想しており、令和2年度はその実施に向けて対面調査のデザインを検討する予定であった。しかしながら、新型コロナウイルス感染症の拡大により、対面での発話を伴う調査手法は実質的に実現不可能となった。そこで、急遽これに代替する手法としてオンライン会議ツール等を用いた遠隔調査の可能性について検討を始めたが、個人保護の技術的手法の確立および、録音音声の質確保に際しての技術的限界が課題として残ることが明らかとなり、これらの問題を解決しないことには、実行可能な手法を実装した計画の策定には至らないことが判明した。こうした不可避の社会的事情により、当初の計画から調査の方向性を大幅に修正せざるを得ず、非接触を前提とする新たな遠隔調査手法の模索に多くの時間を要することになったため、研究の進度も大きく影響を受けた。 一方で、実施済みの録音調査資料が手元にあったことと、『日本語話し言葉コーパス(CSJ)』を活用した分析へと手法を変更する態勢が早期に整えられたことから、具体的な資料ならびにデータを対象とした考察が実施できた。その中で、主にCSJ所収のデータを分析する活動を通じて、東京話者と京阪神話者とでは平板化に向かう音調変異の頻度に明らかな差異が生じていることが突き止められた。この成果は、地域標準形式の成立背景の解明を目指す本研究にとって極めて有意義な知見である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究推進に向けた課題としては、何を措いても録音調査を実現させることである。そのために調査手法の再検討を行う。当初予定では令和3年度には無アクセント地域(茨城・栃木・福島)出身の若年者を対象とした臨地録音調査を実施する計画であったが、当面のあいだは臨地調査が再開できる見通しが立たない以上、オンラインツールを用いた遠隔形態での調査の実現に向け、技術的な諸問題の解決を図るとともに、遠隔形態に適した調査デザインの構築を行う。調査対象形態素を式保存型付属語「(ら)れる・(さ)せる・たい・そう(だ)・ながら」に絞ったうえで、前接動詞の語長および先行文節の音調の違いを考慮した調査項目を設ける方針である。なお、オンラインツールの活用を前提とした形態では、話者募集に関して対面型調査にはない制約ないし困難が一定程度伴うと予想される。このため、一度の機会に全ての調査を完了させるのではなく、逐次的に調査を実施しつつ手法の改善を図るといった蓄積型の展開を目指す。 これと並行して、コーパスデータを活用した定量的分析も行う。本年度の研究成果を通じて、式保存型付属語での音調変異の地域差を捉えるうえでCSJ所収の自然発話を量的観点から分析する手法の有効性が確かめられたので、令和3年度以降も引き続き、コーパスに基づく分析を継続する。現在、その展開に向けて、助詞「ながら」を含む文節の音調に関する
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次年度使用額が生じた理由 |
臨地調査の事前準備のために調査地に赴いて関係者と協議等を行う計画であったが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で調査そのものの実施を見直さざるを得ず、その結果、旅費がまったく執行できずに残額が生じた。また、事前準備に必要な作業に関して謝金の支出を予定していたが、上述の事情により調査活動に関連する人件費が執行できなかったため残額が生じた。 令和3年度は無アクセント地域出身話者を対象とした臨地録音調査を実施する計画であったが、対面調査実施のめどが現在のところ立っていないので、オンラインでの遠隔調査の実施に向けた準備が急がれる。この態勢を整えるための機材等の整備に必要な経費の支出が見込まれる。ただし、状況が改善ししだい臨地調査を実施できるよう、調査旅費および調査補助者への謝金に係る人件費の準備も必要である。このほか、コーパスデータの分析ならびに理論的考察に係る経費として、統計分析関係研究書および音韻理論関係研究書の購入に係る経費が見込まれるほか、研究成果の発表・研究情報収集等の活動にかかる支出(学会参加費および論文掲載料等)が主な使途として見込まれる。
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