最終年度は(1)「びん東区蒼南方言中発生的三種韻母鏈移音変」(『中国語学』270)、(2)「びん東区方言的{眼睛}義詞及其相関的詞語」(《語文研究》2023年第4期)、二篇の論文を発表した。前者は蒼南方言に起こった大規模なチェイン・シフトを跡づけた。びん東区音韻史は、このようなケーススタディーの蓄積を経て構築されるとの考えからである。また後者は、びん東区方言群における「目」「目玉」「目やに」「涙」の祖語形を再構した。中国語方言学の領域における音韻史と語彙史の統合を目指した実践の一つである。また、本研究課題の具体的成果として発表することはできなかったが、最終年度3月に中国復旦大学を訪問し、その中文系に所蔵されている故Jerry Norman教授(米国ワシントン大学)の調査ノートを閲覧した。びん東区柘栄方言のノート二冊を特に詳しく閲覧して、その言語史的重要性を理解することができた。今次の研究課題の成果となしえなかったことを遺憾とする。 本研究は2020年度から2023年度に実施したが、研究期間がコロナ感染症流行期と重なってしまい、当初予定していた浙江省慈溪市の燕話の現地調査を実施することはできなかった。研究期間を通して、論文執筆・発表が主たる研究実績であった。ここでは詳述しないが、論文としては4年間にわたる研究期間中、計9篇をいずれも査読付き雑誌に発表した。また本研究課題に関連する論文としてはこの9篇以外に計8篇(共著論文含む)発表することができた。びん東区のいくつかの方言に関わるケーススタディー、びん東区音韻史全体に関わる論考、語彙史と音韻史の統合を目指した論考などが含まれ、本研究課題のタイトル「びん語びん東区方言群音韻史の総合的研究」にふさわしい返球成果にはなっていると思う。ただし、それらを統合した単著『びん東区方言音韻史研究』の完成には至らなかった。 、
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