今年度の5本の論文のうち「英華字典・華英字典と日本語研究―データベースを生かして―」(陳力衛,「日本語学』2023年夏号)は,これまで見過ごされてきた使用方法や問題点を丹念に整理し,示唆したものである。また,本研究では,英華字典の編者の1人であるW. H. メドハーストが,オランダ商館員として日本に滞在したJ. F. van. O. フィッセルがオランダへ持ち帰る途中の蘭和辞書「長崎ハルマ」のローマ字本をバタビヤの地で書写していることを明らかにした。ローマ字本の叡智は,本研究で判明したその他の日本語の書物とあわせて,メドハーストの辞書『英和・和英語彙』(1830)にも引き継がれている。 また,陳力衛と木村一が執筆者として携わった『図説 日本の辞書 100冊』(武蔵野書院)は古代から現代の辞書を取り扱ったものである。唐話辞書,蘭和和蘭辞書,英華華英字典,英和和英辞書について,本研究で得られた最新の成果を交えながらまとめている。 コロナ禍が明け,欧州への実地調査も可能となった。そもそも撮影やデジタル化が可能ではない機関もあるため,実地に赴かざるを得ない。欧州の諸機関にて諸資料を実見することで,コロナ禍の3年間の国内での事前調査を確認・実証する大変有意義な機会となった。 研究期間全体を通して,「長崎ハルマ」のローマ字本の欧州への流布について多くのことが分かってきた。これまでは,ローマ字本はあくまでも日本国内の流布本の位置づけとして扱われたに過ぎなかったのであるが,欧州における日本語学習のための改編,さらに一例として中国語訳を付し「蘭・日・中」の三ヵ国語の対訳辞書へと進化しようとした事実を実地にて確認することができた。ローマ字本がいかにして欧州で独自の発展と展開していったのかをとらえる機会ともなった。幕末における「近代知」の流入とともに日本語がどのように捉えられていたのかを明らかにした。
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