研究実績の概要 |
英語の長い歴史上、音体系に不備はなく音声情報の伝達は円滑であったはずだが、英語音は変化し続け、400年ほど経過すると後世の人に理解しにくい状態に至る循環を繰り返してきた。そこで、本研究では英語が10世紀頃から子音で終わる閉音節を増やしてきた動機の解明に挑んでいる。 閉音節化は、音節の中核を形成し、強勢を担い、リズムの単位となる母音が語中や語間で隣接するのを避ける現象である。ちなみに、boy,day,cow,goなどの二重母音[oi,ei,ai,au,ou]の第2構成素[i,u]とsee[si:],do[du:]などの長母音の後半部分の[:]は母音の条件を満たさない子音の/j,w/とみなされる。一方、oasis[oueisis]やYou ate it[ju: eit it]のような音声表記も、言語音の機能を重視した音韻表記では/owejsis/,/juw ejt it/となり、音節は子音で閉ざされ、母音連続は避けられている。 令和2年度は、bow,cow,rowなどのw([u])とboy,day,mayなどのy([i])を語中での分布、語源、音節との関わり、強勢の有無、リズムへの関与などの観点から分析し、これらのわたり音は純然たる子音と同等に母音連続を回避する機能があることを豊富なデータで実証し、論文を公刊した。一方、語頭のhはitなどの無強勢語では早くから黙字化し、仏語からの借用語のhourなどでは完全に黙字となり、先行の母音で終わる語と母音が連続しやすい。そこで、不定冠詞の発達が十分ではないOrmulumを対象に、語頭のhの黙字化、母音連続の回避、閉音節化について分析し、興味深い事実を指摘できた。 わたり音の[i,u]の機能と語頭のhの黙字化、母音連続の回避の詳細がわかると、閉音節化の動機が解明でき、英語の史的音変化の仕組みがわかり、この分野の研究の進展に寄与できる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
音声学者が母音とみなすcow,now,sowなどの出わたりのw(=[u])は、先行の母音と連結しなければ母音を表さず、語源上 w(=[w])または g(=[g])までさかのぼれ、さらに母音に由来する例は見当たらない。それゆえ、英語の母語話者はこれらの w を母音を表すと認識していないことを突き止めた。一方、古英語の円唇母音 [y,y:] に由来するyは、非円唇化後、語頭では入りわたりの子音[j]を表すことに異論は出ていない。ただし、day, may, say などの語末の出わたりの y (=[i])も音声学者は母音の [i]とみなすが、これらの y はいずれも古英語の子音 g(=[g])に由来し、単独で母音を表す dry,sky,try などの y も [drai], [skai], [trai] のように母音の条件を満たさない。このように、出わたりの w と y のみならず、入りわたりの w と y も、長母音の[:]と共に、わたり音の /w,y/とみなせることを実証できたので、本研究ではその結果として生じてきた閉音節化の言語学的意義の解明に挑んでいる。英語の w と y は生じる場所を問わず、子音の/w/と/j/を表すことになると、ほとんどの音節は子音で閉ざされてしまう。しかし、語末のあいまい母音は15世紀初頭頃までに在来語では消失したので、8割以上の語は子音で終わるようになっている。にもかかわらず、このような大規模な閉音節化の言語上の意義はこれまで共時的かつ通時的に、音声学のみならず音韻論の枠組みにおいて、さらに綴り字の情報も入れて、包括的に探る本研究のような試みは皆無であった。本研究は、在来の英語を対象とし、語中と語間では閉音節化によって母音連続は生じないと主張できるので、英語の母語話者が妥当と認識できるような音節構造と音節の機能の解明ができる段階に達している。
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今後の研究の推進方策 |
母音連続は閉音節化によって回避されるが、w と y はともかく、a,i,u,e,o という母音字で終わる語でも閉音節化は生じるのであろうか。たとえば、acacia, banana, opera など、a で終わる語はかなり多く用いられているので、acacia/banana/opera and ~ のような表現では、語末と語頭の間で2つのあいまい母音が連続する。もっとも、「侵入の r」と呼ばれる非語源的な[r]を挿入して母音連続を避ける英語の母語話者はいる。ただし、aで終わる語はすべて外来語なので、分析対象を在来語に絞っている本研究では、このような例は検討対象外となる。一方、黙字の e で終わる date, late, time などの語は子音で終わるので問題は生じないが、語末の e が完全母音の [i,i:,ei] などで終わる dolce, monte, sake のような場合、わたり音の /j, w/ が語末に生じること、および、これらの語は外国語に由来するので、問題は生じない。しかし、語末では a, e 以外の母音字が用いられているので、母音連続が生じないかどうか確認せねばならない。 一方、語中で2つの母音が隣接する coed, coyote, crayon, mayonnaise, neon, oasis のような語は外国語に由来するものが多いが、英語に借用する時に原語の発音を改変している可能性があるので、その点については精査せねばならない。より大きな問題は、閉音節化の動機が母音連続の回避にとどまらず、子音で終わることが英語の言語構造に好都合な何らかの理由があるはずである。音節はそれ自体、音の長さ、語全体の音量、リズムを確定する単位となっているので、今後は、音節が担うこれらの機能を考慮しながら、閉音節化の動機を共時的かつ通時的に解明していくことになる。
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