研究実績の概要 |
英語のわたり音のうち、yacht, yolk, walk, wonder のように母音へ移行する「入りわたり」は一般に子音の[j, w]とみなされ、〈y, w〉で表記される。一方、buy, day, toy, bow, caw, how など、音節の中心から移行する「出わたり」も〈y, w〉で表記されるが、音声上は半母音の[i, u]か子音の[j, w]かで学者の意見は分かれている。そこで、英語の母語話者は在来語の末尾の字母〈y, w〉をどのように認識しているか分析した結果、古英語から現代英語まで、出わたりの〈y, w〉は語や音節を閉ざす機能がある子音と認識されてきた証拠をいくつか得た。たとえば、〈y〉は単独で母音を表わすが、dry, sky, why などの1音節語の〈y〉は [ai] に限られ、boy [boi], buy [bai], cray [krei] のように母音字と連結しても、対応するのは [i] だけである。それゆえ、出わたりの〈y〉は 母音の[i]と密接な関係にあると言えるが、2音節以上の body, city, heavy などの語末の場合、〈y〉は [i] よりやや長めの無強勢母音/i,j/に対応することや、語頭と語中の〈y〉は古英語の円唇母音 [y, y:] までさかのぼれるが、語末では古英語の語尾〈-ig, -lic]〉に対応するので、語源上は子音と深い関わりがある。一方、入りわたりの yard , yellow , young などの〈y〉は子音の[g]にさかのぼれ、中英語期に消失したが、その後、語頭で子音字に転用されたので、以後〈y〉は子音字のままである。それゆえ、出わたりの〈w〉と〈y〉は現代英語の綴り字だけでなく語源や通時的にも子音と対応しているので、閉音節化は英語の正書法と音韻の重要課題であることを実証した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
日本語では短母音も長母音も語末に生じるが、英語では強勢のある短母音は語末では用いられない。それゆえ、英語にはなぜこのような制約があるのかという疑問が生じるが、奇妙なことにこの疑問は従来の言語研究では解消されていない。その理由は、これまでの言語研究は音声学、音韻論、統語論、意味論などの分野ごとになされ、分析結果もそれぞれ別個に記述され、複数の分野の分析結果を統合することや、分析結果の内容に関するさまざまな疑問の解消に積極的に取り組んでこなかったことにある。言語は人間が用いるものであるが、言語そのものは意志や願望を持たない無機的な実体であるので、さまざまな言語現象の分析と結果の記述は比較的容易であるが、制約や変化の原因は探りにくいのは事実である。しかし、本研究はそのような旧来の殻を破り、さまざまな分野の言語現象の分析結果を統合的に考察し、さらに、時間軸上を縦断して生じる通時的言語変化の分析と現在の時点での言語現象の共時的分析の情報を統合するという研究手法を用いたので、言語音の不可解に見えるさまざまな現象に納得のいく説明ができるようになった。。 たとえば、本研究の課題である「英語の閉音節化」については、英語のわたり音のうち「出わたり」の機能の重要性に着目し、通時的分析と共時的分析を合わせて行い、双方の情報を擦り合わせることで、定説とは逆に、出わたりの <y, w> の機能は母音ではなく子音の /j, w/ であるとみなし、それによって英語の長母音も二重母音も子音で閉ざされるという結論を導くことができた。しかも、この結論によって、英語史上の主な音変化、たとえば中英語期の語末の「あいまい母音」の消失、同じく中英語期の /j, w/ を第二構成素とする新しい二重母音の形成、初期近代英語期の大母音推移における高段長母音の二重母音化と中段長母音の上昇などの原因を解明できる段階にある。
|
今後の研究の推進方策 |
現代英語のわたり音のうち、year, young, wild, work などの 入りわたりの 〈y, w〉/j, w/ はもとより、母音とみなされている boy, day, cow, how などの出わたりの〈y, w〉/i, u/ にも子音の機能があることを実証した。すなわち、元々子音で終わる book, cat, dog, end などはもとより、二重母音の [ai, ei, oi, au, ou] も /aj, ej, oj, aw, ow/ のように子音で終わり、そして長母音の [i:, u:] も /ij, uw/ のように子音で閉ざされることを示した。さらに、イギリス英語では air, brother, car, doctor など、語末の〈r〉は発音されないが、次に母音で始まる語が生じると、〈r〉は発音上復活して [r] となり、これらの語は子音で閉ざされる。一方、 ameba, banana, drama, opera などはあいまい母音で終わり、冠詞の a, the や前置詞の to の弱形の母音もあいまい母音となるので、これらの語は閉音節で終わらない。閉音節化は通時的には800年以上も続く大規模な変化であるが、それに逆行する開音節語も増え続けている。したがって、このような英語の通時的音変化の2大潮流の矛盾は大きな課題として残る。そこで、次年度以降は閉音節化のデータを精査し、その原因を明確に示すこと、それと並行して、対極的な関係にある開音節語の分析も行わなわねばならない。ただし、研究代表者はこれまで50年間、英語の通時的音変化の研究に従事し、その成果は次年度以降も活用できること、さらに、母音で終わる語の分析も10年以上継続していて、それらの語の特徴も十分に把握しているので、今後の研究も速やかに遂行でき、十分な成果が期待できる。
|