文法機能・範疇の具現方法には、非顕在的具現と顕在的具現という2つのパターンが認められる。本研究の目的は、競合理論という理論的枠組みを採用して、その選択が個別言語ごとに決定されていることを明らかにし、具現パターンの選択及びその言語間相違を文法内に適切に位置づけることである。競合理論によれば、統語部門と形態部門は構造具現をめぐって競合し、言語は統語部門での具現を優先する統語優先言語と形態部門での具現を優先する形態優先言語に大別されるという。初年度には、英語などの統語優先言語では、非顕在的具現が選択され、一方、日本語などの形態優先言語では顕在的具現が選択されるという記述的一般化を導いた。この一般化に基づき、今年度は、英語における記述属格という名詞属格形が、非顕在的具現の一事例として、競合理論によって説明されるべき現象であることを明らかにした。英語には、記述属格として知られる一群の名詞属格形がある。この記述属格は、その統語的振る舞いからすると、決定詞でななくて形容詞としてのステイタスを持っていると考えられる。しかし、記述属格は、名詞の形態を保持しており、形態的には、それが形容詞であることは表示されない。これは、本研究の観点からすると、形容詞化を担う主要部が、非顕在的に具現されている言い換えることができる。昨年度、品詞転換と複合という2つの語形成操作は競合する選択肢であり、英語では、品詞転換が選択されることを観察した。そして、この観察に基づき、形態的な内部構造を排除する単一形態素の語を形成するという点で、品詞転換は、統語的具現の手段と見做せるので、統語優先言語である英語では、品詞転換が優先的に選択されることを論証した。記述属格についても、同じことが言える。競合理論のもと、記述属格も、英語における非顕在的具現の優先性を反映する現象として捉えることができるのである。
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