研究実績の概要 |
本年度前期は所属校の新型コロナ・ウイルス感染症への対応措置等に従いつつ東洋文庫・東京大学・国立民族学博物館等、国内機関での短期間の資料調査を実施した。後期には、ロンドンの国立公文書館、Royal Asiatic Society, Royal Geographical Society, 大英博物館を訪問し、第一次大戦前後におけるチベット関連の外交文書・インド省関係資料等の資料調査を行った。 本年度の具体的な研究成果としては、昨年度までに収集・調査した資料をもとに、ダライ・ラマ13世の側近・使節として活躍し対中・対日関係でも重要な役割を果たしたツァトゥル・リンポチェの伝記的研究(英語)を発表した。また、19-20世紀前半にかけての中国・チベット境界地帯に注目しつつチベット近代史を概観した「19世紀の清・チベット関係:境界地域の視点から」を『岩波講座 世界歴史17: 近代アジアの動態』に発表した。チベットの近代は、列強の進出と清帝国の変貌にともなう「中央ユーラシアの周縁化」という枠組みで捉えられることがあるが、本論文では近代世界との邂逅のなかで持続・成長、そして新たな展開を見せたチベット在来社会の強靭性を描いた。ここで指摘した論点は、清朝滅亡から中華人民共和国成立までの時期に、チベットが「事実上(de facto)の独立」(法的de jureではなく)を維持し続けた背景を、ダライ・ラマ政権の政治・軍事・外交から内在的に理解していく上で重要となる。その研究の一端は、「チベットの歴史的論理:自治と独立」(『アステイオン』)と題する概説論文として公表した。 以上の研究成果は、現在、「研究成果公開促進費」の助成を受けて準備を進めている単著の一部としてまとめ、2023年度中に刊行する予定である。
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