研究課題/領域番号 |
20K01008
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
佐々 充昭 立命館大学, 文学部, 教授 (50411137)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 羅喆 / 檀君教 / 重光 / 大イ宗教 / 周時経 / 朝鮮語学会 / 檀君ナショナリズム / 言語ナショナリズム |
研究実績の概要 |
本年度は大イ宗教が創設された過程について研究を行い、その成果を単行本にまとめた(仮題『朝鮮近代における大イ宗教の創設:羅喆による檀君教の重光』明石書店、2021年9月刊行予定)。独立運動家の羅喆は、檀君の地上降誕によって神教がもたらされたとし、それを復興させた朝鮮民族固有の宗教として1909年2月5日(旧暦1月15日)に檀君教を創設した。羅喆はこれを「重光(=光の復興)」と称した。その後、1910年の韓国併合に際して朝鮮総督府の弾圧を回避するために、教団名称が「大イ宗教」に改称された。 大イ宗教は単なる宗教団体ではなく、言語・歴史・宗教の三分野を大きな柱として「国語・国史・国教」の確立を目指した民族運動団体であった。大イ宗教に入信した独立運動家たちは、学術分野において「国魂(national identity)」を定立させる文化ナショナリズム運動を展開し、宗教研究や歴史研究(朝鮮史研究)と連繋しながら朝鮮人主体の言語学(朝鮮語)研究を推進していった。植民地期朝鮮において設立された朝鮮語学会の会員の多くは大イ宗教の信徒であり、大イ宗教が提唱した檀君ナショナリズムが朝鮮人学者たちによる言語ナショナリズムを牽引する原動力となっていった。これに関しては、現在までのところ、李克魯・崔鉉培・金允経・権悳圭・申明均・張志暎・李弼秀・鄭烈模・李允宰・李秉岐・白南奎などの朝鮮人言語学者が大イ宗教の信徒であったことを確認している。 本年度は、大イ宗教と朝鮮語学会との関係を考察するための基礎研究として、大イ宗教の創設過程や基本的な教理、および教団の経典・教書類に関する研究を行い、それを単行本にまとめて出版する作業を行った。本書は2021年度中に刊行される予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、近代的な朝鮮語研究が始められた大韓帝国期において、どのようにして朝鮮人による朝鮮語研究が始められたのかについて研究を行った。旧韓末の啓蒙思想家の文献(著作、日記、遺稿集、全集など)を精査することにより、この時期に萌芽的な形で朝鮮語研究を行った鄭喬、柳瑾、池錫永などの学者が檀君思想に関心を寄せ、檀君教(大イ宗教)と深い関係を有していた事実を明らかにした。 また、朝鮮語研究の先駆者的存在であった周時経(1876~1914)が大イ宗教に入信していた事実を明らかにした。周時経は1896年に独立新聞の会計兼校補員となり、国文同式会を組織した後、1908年に国語研究会を立ち上げ、韓国併合後も1911年に朝鮮言文会(正式名「べダルマルグルモドゥム:倍達語文会」)を設立して朝鮮語の学術研究と普及に尽力した。その間、1909年2月に檀君を精神的求心点とする大イ宗教が創設されると、周時経はその趣旨に賛同して信者となった。周時経は1914年に夭折するが、彼の直接・間接的な薫陶を受けた弟子たちによって1921年に朝鮮語研究会、そして1931年に朝鮮語学会が発足された。そして周時経の遺志を継いだ朝鮮語学会会員の多くが大イ宗教に入信していった。 本年度は、周時経の関連文献を収集・整理することによって、「檀祖以来の優等な言語」(『国語文典音学』博文書館、1908年)「檀聖が開国して以来、神聖な政教を四千余年に亘って伝えた故に、これが天然特性の我が国語となった」(『国語文法』序、博文書館、1910年)というように、周時経の言語思想の中に大イ宗教の檀君ナショナリズムが内包されている事実を見出した。さらに周時経が1910年代以降に使用した「ベダル(倍達)」という朝鮮の民族名称が、中国東北部と朝鮮半島を包括する新しい民族名として創出された大イ宗教の用語である事実を明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は、大イ宗教に関する基礎的研究と大韓帝国期における朝鮮人の朝鮮語研究、および周時経に関する文献研究を行った。次年度は、韓国併合後の1910年代を研究対象時期として、大イ宗教に入信した朝鮮人学者たちがどのような朝鮮語研究を行ったのかについて研究を行う。 現在までのところ、1910年代に崔南善らを中心に推進された朝鮮光文会の事業が、大イ宗教第二代教主の金教献や柳瑾ら大イ宗教徒の支援を受けたものであり、周時経もこの事業に深く関与したことを確認している。次年度は、1910年代に大イ宗教を指導した初代教主の羅喆と1916年に大イ宗教の第二代教主に就任した金教献のほか、大イ宗教徒として朝鮮国内の大イ宗教南道本司を主管しながら朝鮮語研究分野で大きな業績をあげた柳瑾の関連資料を収集して分析を行う。朝鮮語学会の前身である朝鮮語研究会は1921年に張志暎・李秉岐らによって組織された。彼らは大イ宗教の国内支部であった南道本司に所属した大イ宗教徒であった。特に柳瑾をめぐる関連文献の分析を通じて、大イ宗教南道本司と朝鮮人言語学者との関係について明らかにする。 それとともに崔南善に関する研究を行う。崔南善に関しては、韓国において『六堂崔南善全集』(全14巻、2003年)が刊行されているが、それに収録されていない資料も数多くある。また近年では崔南善の遺族から新たな資料が提供・発見されている。それらの新出資料を通じて崔南善と大イ宗教との関係について明らかにする。これらの研究は、1920年代における朝鮮語啓蒙運動(1926年に行われた「カギャの日(後の「ハングルの日」)」の制定など)や1930年代に展開された「朝鮮学」運動における大イ宗教の関与に関して明らかにする研究の土台となるであろう。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度はCOVID-19の感染拡大という事態が発生したために、当初予定していた海外での現地調査を実施することができなかった。そのために、結果として旅費および現地での協力者に対する謝礼金などに差額が生じた。 次年度では、COVID-19の感染状況を考慮しながら、今年度予定していて実施できなかった現地調査や資料調査を行っていく。そのために発生する旅費や現地での協力者に対する謝礼金などに経費を支出する予定である。
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