研究課題/領域番号 |
20K01025
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研究機関 | 神戸市外国語大学 |
研究代表者 |
大石 高志 神戸市外国語大学, 外国語学部, 教授 (70347516)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | インド / ナショナリズム / アジア間貿易 / 嗜好品 / 装身具 / インド人商人ネットワーク / 模造 / タバコ |
研究実績の概要 |
本研究課題「近代インドにおける装身品と嗜好品:国内市場志向型低価格商品の勃興とその模造的文脈」では、植民地支配下のインドにおいて、低中価格ながら一定の装飾性を備えた装身具や装飾品、嗜好品(例えば、ガラス製の腕輪やビーズ、模造真珠、香油、傘、タバコ、酒類など)が台頭した歴史的事実を踏まえて、その流通や消費の文脈・動態を統計を含む経済資料や広告媒体などの社会的資料を通じて分析し、それを通じて、植民地期の商品市場における上級品や西欧からの高価格輸入品との間の模造性や差別化という問題を、中下層民の自立志向やナショナリズムの政治・文化性に絡めて分析することを主眼としている。当該年度も、こうした研究視角を継承・発展させながら研究をおこなった。 具体的には、前年度まで取り上げていた簡易タバコ(ビーリー)やガラス装身具などに加えて、新たに特に、傘に焦点を当てた。この関係では、日本南アジア学会の全国大会での「近代インドにおける傘をめぐる社会経済的動態と日本の介入」や神戸華僑華人研究会での「近代アジアにおける手工芸品をめぐる交錯:植民地期インドにおける日本製品の介入を手掛かりとして」の報告などで、植民地期インドで欧州から輸入された黒蝙蝠傘が上層インド人エリートの男性を中心に普及を見せる中で、中下層の人々の中では、同じ洋傘ではあるが、安価で手元の木製柄や張布などに装飾性を備えた傘が流行を見せたことを明らかにした。また、この流行が、中下層の人々に台頭していたエリート層の欧化主義的な文化傾向への反発を表象していたことや、木製柄など原材料が日本から集中的に輸入されていた興味深い事実を、併せて指摘している。 この他、植民地期に大きな変容を見せた水産加工食品である干魚/塩魚や缶詰や、従来から自身が取り上げている燐寸(マッチ)についても、研究を進めており、2023年度に研究報告を行う予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当該年度、新型コロナウィルス感染拡大の影響が一定程度は残ったが、積極的に、文書館などに赴いて、文書史料等を渉猟することができた。また、そうしたなかで、部分的に、研究に関連する歴史事象を知るインフォーマントへの口頭面談なども行うことができた。また、コロナ禍のなかで公開や整備が進んだ海外(インドやイギリス)の文書館や図書館の所蔵史料へのオンライン・アクセスも、相当程度、研究の進行への助力となった。 研究内容的にも、近代インドにおける中低価格帯の装身品や嗜好品の台頭やそこにおける「模造性」という文脈に、個別の商品・製品の文脈から、具体性と実証性を伴うかたちでアプローチを続けることが出来ており、特に、当該年度は、傘の研究の進展が実質的なものとなった。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題では、植民地期インドにおいて顕著に台頭した、中低価格でありながら装飾性や嗜好性を帯びた商品やモノに具体的に焦点を当てることで、中下層の人々の自立志向が、社会経済的な上層の人々との間の憧憬と反発の相反的関係性やナショナリズムへの共鳴の在り方の問題を巻き込みながら、商品における模倣、差別化、模造という問題を帯同させた動態を明らかにしてきた。2023年度は、研究の更なる進展と成果発表に努める。 これまでに研究してきたガラス製装身具やタバコ、傘に加えて、19世紀中葉以降に消費が増大した水産加工食品である干魚/塩魚や缶詰を取り上げており(2回の海浜歴史社会学研究会でも関連事象を報告)、在来の加工・保存品の文脈と新来の近代技術の輸入・移植の文脈とが融合・相補する文脈を中心にして明らかにしつつある。この研究成果の一部は、日本南アジア学会の第36回全国大会で「環インド洋地域における干魚/塩魚の流通:19世紀中葉以降におけるインド人移民労働者への配給を起点とした変化」で発表する予定がある。 また、従来から、マッチ(燐寸)については、日本やインドでの製造・流通の文脈のみならず消費における文化・政治性も加えて、自身の継続的な研究課題の1つとしてきたし、これまでも、欧州製品に比した際の廉価性に加えて、差異性と模造性を検証してきた。2022年度後半からは、あらたに、軸木や小函の原料となった木材資源と環境の文脈に焦点を当てて分析を進めている。日本やインドのアジアでの生産は、欧州からの模倣的な移植産業であったが、やがて、木材等の環境的制約を1つの契機として、資源利用や技術、労働上の独自性を含んだ進展を見せたことを示唆する予定である。成果として、社会経済史学会の第 92 回全国大会で「日本/アジアのマッチ工業の発展過程における環境史的文脈:木材資源との関係を中心にして」を報告予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2023年度への使用額が生じた理由は、大方、資料の収集の方法と状況に関係している。2022年度は、新型コロナウィルスの感染状況が一定程度は緩和したため、積極的に、文書館等へ訪問による史料の渉猟などを再開したが、その前年の2021年度において出張費を伴う資料取集の執行が著しく困難であったため、その影響がまだ残っている状況である。2023年度は、感染状況の更なる緩和や軽減が期待されるので、インド等の海外での調査も積極的に想定しながら、現地調査を行いつつ、当該補助金の執行を進めていきたい。
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