研究課題/領域番号 |
20K01042
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研究機関 | 埼玉学園大学 |
研究代表者 |
伊藤 栄晃 埼玉学園大学, 人間学部, 教授 (60213071)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 奴隷制度 / イギリス / カリブ海 / プランテーション / 砂糖 / 人口 / ジェンダー |
研究実績の概要 |
コロナウィルス感染症の余波のため、令和4(2022)年度も当初予定していた海外での資料調査・研究交流および研究成果の発表などは、すべて控えることとした。その代わりに国内での研究資料とりわけ英米で発表された学術論文および著作物の現物あるいはそのコピーの収集とその批判的な吟味および最新の研究成果の取得に注力した。また小アンティル諸島ネイヴィス島の砂糖プランテーション「モントラヴァーズ農園」Mountravers Estateの農園業務日録一部についてのゼロックス・コピーを入手することができた。 入手できた学術論文は英文のもののコピー128点、また著作物はやはり英文のもの56点である。それらを吟味した結果、近年では18世紀末のアフリカ系奴隷労働者に対する「待遇改善」amelioration運動が、人道主義的奴隷制廃止論からするものというよりも寧ろそれらに対抗して奴隷制プランテーションとその統治体制(プラントクラシ)を維持・擁護する立場から展開されていたものであることを、個別事例の丁寧な実証研究から解明しようとする目的のものが多いことに気付かされた。このことは、当研究プロジェクトの当初見通しの方向性が概ね正しかったことを示している。ただしプランターの側から「待遇改善」を提唱・実践していた者は主に主導的な巨大砂糖農園主たちに限られており、彼らの大部分はイギリス本国ウに居住する不在のオーナー層であった。故に主に砂糖以外のコーヒー・綿花・インディゴ・カカオなどの生産に携わっていた中・少規模の在住のプランター層のこの問題に対する態度については、ほとんど未解明であり課題として残されてる。 また「モントラヴァーズ農園」の業務日録については、予想以上に史料状態が悪くその読み取りは難航している。しかしカリブ海砂糖プランテーション業務の年間サイクルを知る貴重な資料であり、鋭意読解作業を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
当研究プロジェクト立案時には想定できなかったコロナウィルス感染症の世界的な流行とそれに伴う各国の行動制限とりわけ海外渡航の制限により、プロジェクトは当初計画からすると残念ながら大幅な遅滞を余儀なくされている。とくに当プロジェクトにおいて決定的に重要な海外での資料調査およびイギリスやアメリカの研究者との研究交流は、ほぼ実施できなかった。もちろん郵便・電話・インターネットなどの通信ツールを可能な限り用いて欠を補うように努めたが、各文書館・大学図書館自体が長く閉館状態が続き、その結果所蔵史料の閲覧可能性の確認そしてそのコピーの注文作業は非常に滞っており、進捗状況は計画の5分の1程度に留まっている。また歴史研究ではしばしば見られることではあるが、未だカタログに整理分類されていない史料にこそ予想外のエビデンスが見出されるものだが、インターネット上のカタログに公開されていない資料類への現地での探索機会は、遂に得られなかった。そして英米現地の研究者との親密な研究交流、とくに資料分析により得られた発見事実の評価についての率直な意見交換の機会も得られなかった。そこで作業は、国内で入手可能な文献資料の収集・批判的な読み取り、および部分的、場合によっては断片的な史料コピーの読み取りなどに注力せざるを得なかった。このように非常に限られた条件の下ではあったが、このプロジェクト期間中に欧米での当該テーマに関する研究動向についてのサーヴェイ論文と英領ジャマイカの「メソポタミア農園」に関わる文書の史料紹介論文とを発表することができ、それぞれ一定の評価を得ている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究プロジェクトの進捗状況は大幅な遅滞を余儀なくされているので、当初研究計画の目標達成のため更なる研究作業の推進が実施されなければならない。まず何より海外での資料調査および現地の研究者との研究交流が実行されねばならない。とりわけ英ブリストル大学附属図書館所蔵の「ピニー家文書」および同じくオックスフォード大学附属図書館所蔵の「バラム家文書」の現地での調査は、本プロジェクト全体の基盤的な位置にあるものの果たせていないので、早急に取り組まれる必要がある。バラム家は奴隷の待遇改善をプランターの立場から主導したがピニー家は余り関心を示さなかったため、この両者の態度の違いが農園奴隷の日常生活や人口にどのように反映された/されなかったかを確認し、このことについて英米の研究者と意見を交換したい。とくに議論の焦点となるのは女性奴隷の出生行動をめぐるものであり、アフリカ系奴隷の出生力増進は奴隷待遇改善運動の重要な目標だったため、それが実際どの程度の成果を上げた/上げなかったのか、またそのことに対してウィルバーフォースら奴隷制廃止論者はどのように対応したのかなどを調べてゆく。それらの作業は、もちろん一義的には歴史的な事実発見とその公表を目的としているが、その目標は自由・平等を旨とする近代社会の実現可能性の歴史的な実験場だった南北アメリカ「新世界」社会に、アフリカ系奴隷社会がどのような思想的刻印を残して今日に至っているかを解明し、またそれが彼の地の人種・ジェンダーをめぐる議論にどのように影響しているのかを考え「異文化理解」の一助とすることにある。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由は、コロナウィルス感染症の世界的な流行に伴う行動制限により、当初予定していたイギリスでの資料調査および海外での研究交流が果たせなかったことに帰する。そこでそれら未消化の課題遂行のために、翌年度分(令和5年度分)として850,000円を請求する。その内訳は、イギリスでの調査研究旅費として650,000円、研究交流(アメリカ農業史学会参加を予定)費として200,000円である。
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