研究課題/領域番号 |
20K01045
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研究機関 | 武蔵大学 |
研究代表者 |
踊 共二 武蔵大学, 人文学部, 教授 (20201999)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 再洗礼派 / メノナイト / スイス兄弟団 / フッター派 / ジェンダー / 女性 / 殉教 / 宗教改革 |
研究実績の概要 |
2021年度の研究計画は、前年度の研究を継続する形で近世の再洗礼派女性の能動性に関して17世紀末の史料とりわけ『殉教者の鏡』(1660年、1685年)を基礎史料としてプロソポグラフィックに調査を行うことであったが、史料的にはオランダ再洗礼派(メノナイト)が迫害されるスイス再洗礼派(スイス兄弟団)に義捐金を出した際の受給者リストがあることがわかり、それらのリストから単身または女性だけのグループで亡命者となった未婚者、寡婦、離婚者が相当数いたことを確かめ、論文の内容に反映させた(数値的データも掲載した)。西南ドイツの未刊行史料を精読した成果も得られた。農村部の再洗礼派の秘密集会の指導者に女性がいたことが分かったからである(信徒にも女性が多かった)。モラヴィアとスイスの間を行き来していたフッター派に関しては、女性だけの伝道活動の事例があることも分かった。 前近代すなわち啓蒙と市民革命以前のジェンダー理解および当時の性別役割分業は、再洗礼派のようなラディカルな非公認の分派運動の場合は相対化されており、マックス・ヴェーバーがいうような家父長制の(再)強化は必ずしも起こっていなかったことは明らかである。なお再洗礼派の場合、逮捕・拷問された女性たちが「男性の徳 virtu」を有する英雄的存在として扱われることもあったが、これは古代の女性殉教者の礼賛にもみられるレトリックである。今後、ルター派やカルヴァン派などのプロテスタント正統派、同時代の日本のキリシタンを含むカトリックの女性たちの活動と比較する必要がある。以上の研究実績については、その内容の一部を2021年度に発表した論文と図書(共著)に、また2022年度刊行予定の論文と図書(共著)に反映させている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
コロナウイルス禍の影響により閉館ないし入館制限を行う資料館や研究所が多く、海外での調査を行うことが困難であった(スイスおよび西南ドイツのいくつかの公文書館を訪問するはずであったが、実行できなかった)。そのため計画を一部変更し、過去にスイスのチューリヒ、ベルン、バーゼル、シャフハウゼン等の公文書館で収集・電子化済みのマニュスクリプト(たとえば当局の取調記録、会議録、裁判記録、布告類、年代記、各種テーマの小冊子、ビラ、書簡類)の未読部分を読み、新たにバーデンヴュルテンベルク州立公文書館・シュトゥットガルト中央文書館に手稿史料の電子化を遠隔依頼し、PDF化された史料の提供を受け、それらの精読を行って研究を進展させた。なお2021年度に代表者は日本西洋史学会大会の準備委員長(実行委員長)を務めていたため自身の学会報告を行う機会がなかったが、学内誌に論文を掲載し、学術的共著および学外の査読付の学会誌『西洋史』』に掲載する原稿を作成し、入稿済みである。キリスト教神学の諸問題を簡潔に紹介する入門書に再洗礼派の指導者についての記事を書き、本研究の成果の一部を盛り込んだことも成果に数えることができるから、研究の進捗状況はおおむね順調である。
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今後の研究の推進方策 |
今後はヨーロッパ各地(とりわけ再洗礼派が集住していたスイス、ドイツ、オランダ、プロイセン西部、モラヴィア、トランシルヴァニア、南ロシア=ウクライナなど)の事例を個々に調べ、女性信徒たちの教会共同体における役割、社会的役割、家庭での役割等を明らかにする調査を進める。可能であれば現地での資料調査を行いたい。18世紀後半から北米(とりわけペンシルヴァニア、カロライナ、ヴァージニア、オハイオ、インディアナ、オンタリオ方面など)に亡命した再洗礼派(メノナイト、アーミッシュ、ハッタライト)については現地調査を行いたい(メール等での研究者間交流と情報取得はすでに進めている)。なお北米についてはイングランドから到来したクエーカーやシェイカーとの接触の度合いが強かったグループに女性の社会進出に関する積極性がみられ、またエフラタ・クロイスターのような(敬虔主義と神秘主義の影響を受けた)独身者たちの共同体にあっても男女の平等化の傾向があるとの見通しを得ているので、そうしたグループと再洗礼派の交流の諸相も明らかにしたい。教会運営とりわけ牧師や長老の選出の前に行われる「推薦」のさいに女性を事実上排除した共同体と女性を参加させた共同体があるとの見通しも得たので、教会規則(オルドヌング)や年代記を用いて実例を示す研究を行いたい。北米については、現在も存続している再洗礼派家系のファミリーヒストリーにも取り組む(日記、書簡、口承のファミリーロアが研究対象である)。
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