研究課題/領域番号 |
20K01050
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研究機関 | 別府大学 |
研究代表者 |
飯坂 晃治 別府大学, 文学部, 教授 (30455604)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 古代ローマ / イタリア / 都市 / 官僚制 / 救貧制度 / ラテン碑文 |
研究実績の概要 |
2023年度は、アリメンタ制度(子弟養育制度)の目的に関する考察をおこなった。この目的に関する議論は、これまでのアリメンタ研究においても追求され続けてきた問題であり、本研究の核心をなすテーマでもある。現段階では、市民権をもたない子供への金銭の支給はおこなわれていなかったことから、アリメンタ制度の目的を福祉とすることはできないように考えている。アリメンタ制度は、イタリアの50以上の都市で実施されたことが確認できるが、現存する史料が実施規模をどの程度反映しているかを判断するのは難しいものの、イタリア内のすべての都市でおこなわれたとは考えにくい。その際、アリメンタ制度を実施する都市がどのような基準で選ばれたのかを史料から探ることは難しい。都市の選定に関しては、その地方の社会経済的状況のみならず、都市が持つ人的資源(帝国レベルの有力者)の影響力などを考慮に入れる必要もある。そのように考えると、アリメンタ制度の実施には、都市の側のイニシアティヴも重要な契機となったのではないかと考えられる。 昨年度までの研究で明らかにしたように、従来の研究はアリメンタ制度を、人口増加策(とりわけ将来に兵士となる男児の育成)や、低利の融資をつうじた農業支援策と理解してきた。これに対して近年の研究は、アリメンタ制度の実施を、皇帝が寛大で慈悲深い市民の「父」というイメージを発信するためのプロパガンダとして見る傾向が強い。しかしながら、上に述べた都市の側のイニシアティヴという点を考慮に入れるなら、同制度の目的は、基金を設定する皇帝政府のレベルのみならず、アリメンタ制度の実施を誘致した都市レベルのものにも着目する必要が出てくるだろう。そうした都市レベルのアリメンタ制度の目的に関しては今後さらに研究を進める必要があるが、そのひとつとして皇帝権力との関係強化が挙げられるであろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
本研究はこれまで、公的アリメンタ制度が、それまでイタリア都市の維持・再生産を担っていたエリートの流出という都市社会の変容を背景に、サブエリートに都市社会への貢献を促す目的で実施されたのではないか、という仮説を立てて、同制度の分析をおこなおうとするものであるが、現時点でこの仮説の検証にはいたっていない。 本研究はこのほかにも、公的アリメンタ制度と私的アリメンタ制度の関係、公的アリメンタ制度の法的側面、そして、公的アリメンタ制度の運用を管理する行政機構を研究課題としているが、このうち、進捗をみているのは最後の行政機構に関する研究である。この点に関して本研究は、イタリアの街道網の維持管理に責任を負っていた街道監督官(curator viarum)が、その行政活動の一環としてアリメンタ制度の管理にもあたっていたことを指摘し、その理由として、 (少なくとも2世紀前半までは)イタリアで地方行政に関わる帝国官僚が街道監督官のみであったこと、そして、街道監督官は、土地(公有地および私有地)に関わる業務が多く、土地を担保とした貸付により運営されていたアリメンタ制度の監督者として適任であったことを明らかにしている。
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今後の研究の推進方策 |
2024年度は、公的アリメンタ制度に関して、その目的に関する新たな理解を提示する必要がある。そのためには、公的アリメンタ制度に関する主要な史料であるウェレイア碑文とリグレス・バエビアニ碑文をあらためて精査し、基金創設者であるトラヤヌス帝のプロパガンダや、五賢帝時代のイタリアの統治行政、アリメンタ制度の実施を誘致した都市エリートの動機、アリメンタ基金から貸与を受けて利子を支払った参加者、そしてアリメンタ基金から手当の給付を受けた子どもとその家族などに関する分析を早急に進めることで、公的アリメンタ制度の全体像を明らかにする必要がある。 またこれらの課題の研究が難航する場合、本研究が進捗をみている公的アリメンタの行政機構に関してさらに、元老院議員が就任したプラエフェクトゥス職、騎士身分が就任したプロクラトル職、都市エリートが就任したクアエストル職に関する分析を進めることが次善の策と考えられる。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究の進捗の遅れにより、図書の購入が滞った。今年度は、研究を進めてゆく上で必要な史料や古代ローマ史に関する研究書(イタリアや都市エリートなどに関するもの)の購入を予定している。
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