昨年度のハンブルクにおける史料調査につづいて、近世・近代を通じて兄弟会や協会といったソサイエティの活動が活発であったバーゼルで史料調査を実施した。とくにバーゼルの都市書記を務めたイザーク・イーゼリン(1728-1782)の肝いりで1777年に設立された善・公益促進協会を考察対象とした。この協会は貧民救済と教育改革をむすびつける施策を次々に実行し、現在もバーゼルの市民生活にふかくかかわっている。イーゼリンの抱いた理念の多くは彼の死後に実現をみた。たとえば、総合救貧院の設営(1804年)、利付貯蓄銀行の創始(1809年)、総合職業学校の実現(1828年)、算数学校、裁縫学校の設置(1770年代末~1783年)、総合音楽学校の開校(1867年)などがある。滞在が短時日であったため完璧を期すことはできなかったが、今後の研究のための足がかりをつかむことは十分にできた。研究成果は2024年4月20日に実施されたドイツ史研究会第1回例会の口頭発表でその一部を披露した。この協会における人的なネットワークは、協会内部にとどまらずバーゼルの市政や市民生活にもおよんでいたという感触をつかむことができたが、ネットワークの子細をあきらかにするには至っていない。さらに研究を継続したい。 また2022年度の研究実績の概要に記したハンブルクのソサイエティにかんする研究成果についても、上記の口頭発表で触れたほかに、京都大学のオンライン誌『フェネストラ 京大西洋史学報』の第7号(2024年)に寄稿する機会を得た。
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