研究課題/領域番号 |
20K01133
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研究機関 | 新潟県立歴史博物館 |
研究代表者 |
田邊 幹 新潟県立歴史博物館, その他部局等, 研究員 (50373478)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 災害復興 / 博物館 / 地域社会 |
研究実績の概要 |
令和3年度は実際に弥彦神社の宝物殿で所蔵されている資料を、申請者が所属する研究機関、県立歴史博物館に運搬し、現状把握に努めるとともに調査を行った。ここではその途中経過を報告する。 現在、弥彦神社宝物殿に収蔵されている資料は、その収集形態からいくつかのまとまりに分類することができる。まとまりは以下の通り。①奉納物②皇室関係③越佐徴古館収集資料④戦後の奉納資料⑤戦後の収集資料⑥芸術作品。このうち当該研究に関係する災害および大河津分水等の治水事業に関する資料は、そのほとんどが資料群は③の越佐徴古館収集資料に含まれている。越佐徴古館(以下徴古館)は大正8年ころから建設の協議を開始していたようで、創立には山中樵(県立図書館長・考古学者)、高橋義彦(歴史学者・『越佐史料』を編纂)、武石貞松が有識者として関わり、宮司とともに徴古館を構想していたようである。この徴古館の設立趣意書には弥彦神社は古来越後の文化の中心であり、貴重な資料が権力の盛衰や災害によって散逸することのないよう収集し、観覧に供することを目的とすると記されており、徴古館収集資料が徴古館・弥彦神社側が主体的に収集したものであることが分かる。 また、徴古館で収集された資料は主に①戊辰戦争および関連する人物に関係するもの②大河津分水に関係するもの③その他に分類することができる。戊辰戦争についてはこの時期、戊辰戦争の再評価が行われたこと、明治期に弥彦神社の宮司を務めた人物が戊辰戦争時に新政府側の草莽隊に関係した人物が多かったことなどがあげられる。大河津分水に関係する資料は竣工式にあわせて竣工奉告祭の際に分水についての資料を展示するため積極的に収集したことが分かった。 これらのことから彌彦神社の地域に関する資料が多く残されているという特殊性の要因を明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
新型コロナウイルス感染症の影響で、資料整理のためのアルバイトの雇用、大学との連携がやや遅れているため、徴古館関係資料の確認、徴古館設立に関する簿冊類の資料整理が遅れ気味である。また、他県への出張が制限されていたため、神宮徴古館等の他館例県研究が遅れているため。
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今後の研究の推進方策 |
他県への出張の制限が解除されつつあるため、早急に他館例の調査を行う。 アルバイトによる資料整理も令和3年度半ばより開始することができたため、最終的には予定通り、整理が終了する見込みである。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の影響で大学院生等のアルバイトの雇用の開始が遅れたため人件費の支出が予定よりも少なかったが、秋以降、アルバイトの雇用を開始できたため、翌年度も継続して雇用し、人件費を支出する予定である。 県外出張の制限により旅費の支出がなかったが、制限が緩和されたため、執行の予定である。
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