最終年度に実施した研究は、バヌアツ共和国エスピリトゥ・サント島における音楽芸能ウォーター・ミュージックの実践およびコミュニティの持続可能性に関するフィールド調査である。2023年8月から9月にかけて、前年度に実施したルーガンヴィル市近郊レウェトン地区に研究協力者イリナ・グリゴレとともに3週間滞在し、参与観察調査を実施することにより以下の成果を得ることができた。 ①ウォーター・ミュージックは女性が経血を海で洗い流す際に、意図的に大きな音を手てることによって男性などに注意を促すエチケットに由来する。そして、レウェトン地区が開発されたときに観光客誘致とコミュニティの結びつきを維持する手段として音楽芸能としてプロデュースされた。 ②音楽芸能となったウォーター・ミュージックにおいても、男性がこれを上演したり上演中に同じ水の中に入ることは忌避されている。この意味においてウォーター・ミュージックが内包するジェンダー意識には強固なものがあると考えられた。 ③ウォーター・ミュージックの観光客向けパフォーマンスでは収入は公平に分配されており、上演者が制作した手芸品の販売も行われることがあり、レウェトン地区コミュニティ・リーダーの差配によってすべてが行われていることから、互酬と再配分の様式をモデルとして音楽芸能が運営されていることが確認できた。 ④ウォーター・ミュージックを演じる女性は、本人または配偶者がレウェトン地区への最初の移住者の出身地であるバンクス諸島メレラヴァ島に出自を遡ることを大まかな条件とするが、これには上演の準備や練習のためにレウェトン地区の居住者がメンバーとして固定化する傾向のためであることが観察できた。 ⑤ウォーター・ミュージックは民俗知識の伝承だけでなく、異文化他者である観光客をポストコロニアルな文脈において捉えなおすための文化装置でもあった。
|