研究課題/領域番号 |
20K01195
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研究機関 | 多摩美術大学 |
研究代表者 |
中村 寛 多摩美術大学, 美術学部, 教授 (50512737)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 暴力 / 反暴力・脱暴力 / ソーシャル・デザイン / 人類学 / 文化表現 / 価値生成 |
研究実績の概要 |
2020年度に引き続き、2021年度もすべてのフィールドワークを延期せざるを得なかった。夏と冬に、国境地帯への調査を企画したが、コロナの状況が芳しくなく、リスクも高かったため、見送らざるをえなかった。そのため、日本にいても収集できるインターネット上の情報をできるだけ入手し、眼をとおし、分析を進めた。とりわけ、新型コロナのパンデミックが深刻なダメージをもたらしたアメリカ社会では、政治や経済格差と、人々の命、生活、尊厳をめぐって多くの課題や矛盾が噴出した。それはまた、医療や科学、それらをめぐる公共政策の問題点をも浮き彫りにしたと言える。 また、本研究の構想のもとになった、2011年から2018年までの、アメリカの「周縁」をあるく旅を書籍化する計画があったため、これまでの「周縁」のフィールド記録をあらためてまとめなおし、研究協力者である松尾眞の撮った写真の整理をおこなった。この成果は、『アメリカの〈周縁〉をあるく――旅する人類学」(平凡社)として刊行した。また、刊行に際しては、ブックイベントを2回おこなった。1回目は、金子遊氏(映像人類学・映像作家、多摩美術大学)、2回目は都甲幸治氏(アメリカ文学・文芸批評、早稲田大学)とおこない、両者の専門領域から知見を出してもらい、これまでの「周縁」の旅から見えてきたことについて対談をおこなった。 脱暴力の社会的取り組みを、デザインの観点と掛け合わせて考えると、ソーシャル・デザインとしての社会正義の追求のあり方が見えてくる。2020年度、2021年度と、デザイン振興会の主催するグッドデザイン賞に「外部クリティーク」としてかかわり、本研究にデザイン人類学の観点を導入できる可能性が見えてきた。堀田聰子氏(共生・コミュニティづくり、慶應義塾大学大学院)や伊藤亜紗氏(美学、東京工業大学)との対談では、そうした観点からの知見を多く得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
文献研究や資料分析、理論的検討などはある程度進めることができたが、本研究の肝であるフィールドワークが、コロナ禍の影響で、実施できずに現在に至っている。アメリカに入国が難しい状況が続いたし、入国できたとしても行動がかなり制限されたり、戻ってくるときに隔離期間を設けなければならなかったりと、スムーズな研究の遂行が難しかった。 しかし、2022年に入って、多少、状況の改善が見られてきたし、ワクチン接種が進んだこともあり、昨年度までのような驚異ではなくなりつつある。今後、新たな変異株などが出てくればまた別だが、このまま状況が改善するなら、今年度は十分フィールドワークをおこなえる可能性が高い。 2021年度は、主に文献読解、資料分析を中心に研究を進めた。コロナ禍でのアメリカの状況は当初からかなり深刻で、世界一多くの死者数と感染者数を出した。こうした危機は、既存の社会構造のほころびを明るみにだすが、危機への社会の対応そのものもまた、暴力や脱暴力のメカニズムについて、多くを教えてくれる。パンデミックがなにをもたらしたのか、そのときの人々の反応からなにが学べるのかは、これから多くの知見が集約されていくであろう。 夏に公刊することができた『アメリカの〈周縁〉をあるく――旅する人類学」(平凡社)では、本研究の出発点となった一連の研究と、これまでのフィールドワークのあゆみを振り返り、あらためて「周縁」の意味や、「周縁」と社会制度や文化構造との関係、文化表現や社会的取り組みのあり方をめぐって、考察を深めることができた。とりわけ、金子遊氏や都甲幸治氏との対談は有意義だったし、一般社団法人オレンジクロスや認知症未来共創ハブを運営されている堀田聰子氏に招かれての講演と勉強会や、グッドデザイン賞に同じく「外部クリティーク」としてかかわる伊藤亜紗氏との対談では、多くの知見を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度は、8月あるいは11月に、1週間から2週間のフィールドワークをおこなう予定である。延期になっていたメキシコ国境地帯へのフィールドワークをおこなう。テキサス州を中心に、可能なかぎりニューメキシコ州、アリゾナ州、カリフォルニア州まで足を伸ばし、またメキシコ側にもわたり、ボーダーをメキシコ側からも見つめるフィールドワークとしたい。それに際して、アメリカ国境地帯の事情に詳しい越川芳明氏(明治大学)、アメリカ南西部の事情に詳しい村田勝幸氏(北海道大学)にヒアリングをおこなう予定でいる。 コロナ禍のなかで、Black Lives Matter運動があらためて高まりを見せ、他方でそれに対する反動も強くなり、ソーシャル・メディアを中心にフェイクニュースやヘイトが拡散し、それに対してプラットフォーマーたちは有効な手立てを打てずに批判の声が高まった。選挙に際しても大きな混乱が起こり、最終的には議会襲撃にまで発展するなか、2021年から前トランプ政権にかわりバイデン政権がスタートした。このような状況下、国境地帯でどのような取り組みがおこなわれているのか。移民政策が変化するなか、国境地帯の事情がどのように変化したのか、あるいはしなかったのか。そうした観点で、文化施設や地域の拠点となるような場所を訪れたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ・パンデミックにより、2021年度のフィールドワークが実施できなかったため、2022年度に持ち越しておこなう必要性がでてきた。それにより、旅費や人件費・謝金を、繰り越す必要があった。2022年度は、夏もしくは秋に、1、2週間のフィールドワークをおこなう予定である。そのときに、旅費と人件費・謝金を用いる予定である。また、可能であれば、2回目のフィールドワークの実施も考えている。
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