研究課題/領域番号 |
20K01237
|
研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
宮坂 渉 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (70434230)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | ローマ法 / スルピキウス家文書 / 帳簿 / 蝋板文書 / パピルス / 碑文 |
研究実績の概要 |
2020年度は、前3世紀から後1世紀にかけての古代ローマ社会で展開された取引実務の実像と取引当事者の意識との解明を目指した。そのために、当該時期に記され、史料としてこんにち残存している非法文史料を解析することとし、カトー著『農業論』、キケローの諸著作、金融業者スルピキウス家が残した文書(スルピキウス家文書)の研究を開始した。しかしながら、コロナ禍のために、カトー著『農業論』にかんして予定していた、海外での資料収集の実行が大きく妨げられた。そこで、当面はキケローの諸著作とスルピキウス家文書の研究を先行させることとし、これらにおいて見られる取引実務の描写を分析した。その成果は、査読付き論説である宮坂渉「1世紀プテオリおよびネアポリス近郊の帳簿と法 (Tabulae Pompeianae Sulpiciorum 60-65)」ローマ法雑誌第2号49-156頁、に結実した。この論説では、まず、キケローの著作やスルピキウス家文書の中に見られる特徴的な構造を有する取引記録が債権者の帳簿からの抜粋であることを確認した。次に、先行研究のうち有力説がその取引を銀行業者たるスルピキウス家文書による口座振替と解しているのに対して、古代ギリシャ語商圏(デーロス島)出土の碑文史料等から、同商圏と1世紀ネアポリス周辺地域の帳簿の用語法に共通点があることを見出した。さらに、これを踏まえ、ギリシャ・ローマ時代エジプトのパピルス史料及び蝋板文書史料の理解から、この取引はスルピキウス家から債権者への、融資資金の現金融通であった可能性と、スルピキウス家がその債権の回収に携わった可能性とを提示した。以上の成果は、1世紀プテオリとネアポリス近郊の取引実務の実像と取引当事者の意識の一端を解明したものであり、ローマ法・古代史研究に貢献すると共に、本研究の進展にとっても大きな意義を有する。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
キケローの諸著作ならびにスルピキウス家文書において見られる取引実務と取引当事者の意識との分析は順調に進展している。2021年3月には、オンラインで開催された第4回日本ローマ法研究会において、「1世紀プテオリの取引社会における女性―TPSulp.の記録を基に」という論題で研究成果の一部を報告した。これに対して、国内ではほとんど研究されていないカトー著『農業論』にかんして予定していた、海外での資料収集の実行がコロナ禍のために大きく妨げられ、所属大学の図書館ならびに書店を通じた資料収集に留まらざるを得なかった。その結果、カトー著『農業論』の翻訳作業、ならびにプラウトゥスの喜劇作品、ティトゥス・リウィウス著『ローマ建国以来の歴史』等の文学作品との比較も十分に進めることができなかった。また、2021年1月にチリ・サンティアゴで開催される予定であった、国際古代法学会( la Societe Internationale Fernand De Visscher pour l'Histoire des Droits de l'Antiquite (SIHDA))も2022年1月に延期されたため、海外での研究成果の報告が実行できなかった。また、同学会でリクルートした研究者も招いての研究会も開催できず、国内の研究者とのオンラインでの研究会を行うに留まった。
|
今後の研究の推進方策 |
コロナ禍の行く末が見通せないため、海外での資料収集と研究報告、海外の研究者を招いた研究会の開催を実行できるかは不確実であるが、2021年度は、ひとまず、計画の遅れを取り戻すべく、翻訳作業ならびに上記の研究成果と文学作品との比較を進める。また、引き続き、キケローの諸著作ならびにスルピキウス家文書の分析を進める。さらに、当初の計画通り、古典期ローマの担保法理論を、債権者の実力行使や暴利行為の規制という側面から確認するために、学説彙纂に採録された古典期法学者の法理論を分析し、後2世紀以降の法学者が著した法文を基に、法学者相互の影響関係と法文の背景にある政治的・社会的状況とを解明する。研究成果は、日本ローマ法研究会で報告し、『法制史研究』あるいは『ローマ法雑誌』へ投稿する。コロナ禍が解消された場合には、海外での資料収集と研究報告、海外の研究者を招いた研究会の開催を実行する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2020年度は、コロナ禍のため、国内学会・国際学会とも、開催されなかったか、オンラインでの開催となり、旅費の支出が生じなかった。他方、オンラインでの研究会開催のため、マイクスピーカー一式を購入した。次年度使用額分は、学会が対面で開催される場合には、旅費として支出する予定である。
|