研究課題/領域番号 |
20K01251
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
桑原 朝子 北海道大学, 大学院法学研究科, 教授 (10292814)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 信用 / 隔地間取引 / 為替 / 両替商 / 飛脚問屋 / 江戸 / 大坂 / 文芸 |
研究実績の概要 |
初年度は、主として、近世日本の江戸─大坂間を中心とする隔地間取引とそれと結びついた為替制度の発達を中核とする信用体系の発展においてきわめて重要な役割を果たしたとみられる両替商と飛脚問屋について、その地域や時代による様々な相違とその意義を明らかにし、他の社会において銀行などの類似のエイジェントが信用の発達において果たした役割とも比較しつつ、全体的な見通しを得ることに努めた。 まず両替商については、江戸と大坂の相違が特に注目に値する。正貨取引が中心であった江戸では信用取引があまり発達せず、両替商が手形を扱うのは江戸─大坂間を中心とする為替取引の場合に限られ、その業務は比較的単純であった。このような江戸の両替商は、両替を専業にせずに呉服屋等を兼ねることが多く、大坂と異なり、早くから株仲間を組織して利益の独占化をはかる。これに対し、大坂では、取引の大部分は手形により行われ、両替商も様々に分化し、為替手形のみならず、振出手形や預かり手形など、多種の手形を扱った。また、江戸の両替商が取り組む為替が、主に幕府や大名の関与するものであったのに対し、大坂では、こうした領主層が全く関与しない、大坂商人と京や地方の商人との間の為替も盛んに組まれた。大坂を中心とする上方と江戸との相違は飛脚問屋についても見られ、京・大坂の飛脚問屋は江戸よりも数が多く、それぞれ地域別に独自の輸送路線を持ち、輸送業のみならず、小口融資や手形の決済などにも関わっていたことが分かった。 このような地域的相違からは、大坂において突出して商業信用が発達している様子が窺えるが、その発達の鍵を握ると思われるのが大坂商人らの意識であり、元禄期以降の上方町人の文芸の隆盛、及びこれと18世紀半ば以降の江戸中心の町人文芸との質的相違は、この意識の問題に深く関わると予想される。次年度以降はこの関係の探究を進める予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、予定していた東京・大阪での資料収集・史跡調査が実施できず、手元の文献・史料の分析を中心に進めたが、調査不足の点や疑問点が、当初の予想以上に多く残る結果となった。また、感染拡大の影響は、授業期間の変更による夏季休暇の大幅短縮、オンライン授業の準備や学生のケアの必要、といった形でも現れ、研究時間の削減を余儀なくされたことも、計画通りに研究が進展しない要因となった。 但し、参加を予定していた研究会については、全てオンラインに切り替える形で実施され、新たな視角の獲得や比較のための論点の絞り込みなどはできたため、研究全体の進展としては、当初の計画よりやや遅れている、という程度にとどまった。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、第一に、初年度の研究で明らかになった大坂における商業信用の突出した発達の背後に、信用をめぐる大坂商人らのいかなる意識があったか、その意識が、特に18世紀半ば以降、いかに変化するか、といった問題を、彼らを主たる担い手とする文芸テクストの分析をもとに解明することを試みる。分析の中核に据えるのは、大坂の飛脚問屋での横領事件に取材した近松門左衛門の『冥途の飛脚』とその翻案作品群であるが、これらのテクストの一部は既に入手しており、手元にないものも、郵送による取り寄せなどの形で入手できると考えられる。 第二に、初年度に継続して信用の問題に関する研究会に参加し、研究全体に関わる視角や論点の精錬を行う。研究会は基本的にオンラインで開催することが予定されており、状況の変化にかかわらず参加できると思われる。 第三に、新型コロナウイルスの感染状況が落ち着くと見られる年度末に、初年度に実施できなかった、東京・大阪における資料収集・史跡調査を行う予定である。年度の前半に、調査する史料や事項をさらに絞り込み、出張期間が限られても対応できるように計画する。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、所属する北海道大学の行動指針レベルが変化し、また訪問予定の研究機関(他大学図書館等)の利用も制限されたため、初年度に予定していた東京・大阪における資料収集・史跡調査が1度も実施できず、その旅費が残額となった。この残額については、新年度の研究費と合算し、一次史料や研究文献の購入に用いるほか、感染状況が落ち着くと思われる年度末に、東京・大阪における資料収集・史跡調査を実施して使用する予定である。
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