研究課題/領域番号 |
20K01251
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
桑原 朝子 北海道大学, 大学院法学研究科, 教授 (10292814)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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キーワード | 信用 / 意識構造 / 近松門左衛門 / 『冥途の飛脚』 / 飛脚問屋 / 西洋喜劇 / 放蕩息子 / 連帯 |
研究実績の概要 |
今年度は、前年度までに明らかにした、近世日本の信用に関する制度の多様性や通時的変化を踏まえ、これとの関連において、信用をめぐる人々の意識構造を、より精緻に明らかにすることを試みた。 具体的には、主に近松門左衛門『冥途の飛脚』のテクストを、関連する文芸テクスト等とも比較しつつ、見直した。その結果、近松が、現実とも同じ題材の他の文芸とも異なる描き方をしている点が浮き彫りになり、近松が現実のいかなる部分に問題を感じていたかが、より明確になった。例えば、預金を運用して利益を上げることが認められている両替商と比べて、飛脚問屋は寄託物について制約が大きかったが、京・大坂の飛脚問屋の中には小口融資や手形決済などに関わるものもあった。しかし、近松は、飛脚問屋のそのような面は描かず、同業者仲間の結束とこれによる統制を強調し、敢えて自由の乏しい窮屈な面を示したといえる。 また、『冥途の飛脚』をはじめとする近松の世話物のテクストと西洋喜劇とを比較し、近世日本社会の問題点や特徴を解明することにも取り組んだ。西洋喜劇においては、放蕩息子に友人や従者がいてこれを助ける重要な役割を果たすが、近松のテクストでは、放蕩息子と連帯しようとする友人や従者がおらず、西洋喜劇と違ってむしろ父親が息子を助けようとするものの、権力に対しては無力である。特に放蕩息子同士の連帯が働かないという点は、特に町人の間で新たな自律的な商業信用のあり方が求められていながらなかなか上手くいかないことと深く関わっていると考えられ、今後さらなる検討を続ける予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度は、主として所属機関の仕事や依頼された原稿の執筆による多忙のため、出張が難しく、大阪とパリにおける資料収集・史跡調査を行えなかった。よって、比較対象としての17~18世紀のフランスについての研究と、近世の大坂に関する細かい論点の調査・考察が先延ばしになったが、史料・研究文献の検討と、信用に関する研究会やローマ喜劇に関する講演会への参加を通じて、多様な論点や視角についての示唆を得られたため、研究全体の進展としては、大幅な遅れは回避できた。
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今後の研究の推進方策 |
研究の中核となる資料は既に収集を終えているため、次年度は、今年度実施できなかった現地調査を行い、また新たに刊行された研究文献をはじめとする追加の資料の収集・分析と考察の補完に努める。 年度後半には、研究成果を口頭の報告と論文の形にまとめる予定であるが、英語論文については、謝金を利用してネイティヴ・チェックを受ける。信用に関する研究会については、引き続きオンラインで行われることが予定されているため、参加を続けて考察に役立てる。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度は、主に所属機関の仕事や依頼された原稿の執筆による多忙のために、大阪とパリにおける資料収集・史跡調査が実施できず、その分の旅費が残額となった。また、さらなる検討を要する論点が見つかったため、論文にまとめることを遅らせたので、英語論文の校閲費用も残った。 この残額については、今年度実施できなかった国内外における現地調査の旅費として使用するほか、英語論文の校閲費用、追加資料の購入費用等に充当する予定である。
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