研究課題/領域番号 |
20K01290
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
藤巻 一男 新潟大学, 人文社会科学系, 教授 (20456346)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 消費税 / 転嫁 / 小規模事業者 / 人件費 / 付加価値 / インボイス方式 / 特例制度 / クラウドワーカー |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、令和元年10月1日からの消費税率の引き上げや軽減税率の導入による小規模事業者への影響について、特に人件費との関係性に焦点を当てながら調査・分析を行った上で、その影響を緩和するための特例制度の仕組みを提言することである。 事前研究(JSPS科研費15K12968、平成27~30年度)で得られた知見を基に推測すると、消費税率の引上げ等によって、資金繰り等で特に大きな影響を受ける可能性が高い業種は、飲食店業や宿泊業、その他労働集約型のサービス業であると考えられる。その理由として、当該業界における過当競争による消費税転嫁の困難性、消費税率引上げや軽減税率導入を契機とした消費者の節約志向の高まり等の経済的要因のほか、消費税の課税ベース(=付加価値)の主要な要素である人件費に係る税額計算上の要因が挙げられる。 本研究では、事業関係者や消費者に対してアンケート調査等を実施し分析を行った上で、上記推測の検証を行うことも計画していた。しかし、令和2年度では、コロナ禍によって飲食店業をはじめ各種の小規模事業者が悪影響を受けたことから、研究計画の変更を余儀なくされた(7.で説明)。そして、令和2年度以降では、小規模事業者の業種別分析に留まらず、その構成や態様等がコロナ禍を契機にいかに変容していくのかについても同時に探究する必要があると考えた。 本研究とは別に並行して取り組んできた研究の論攷(「リモートワークに係る働き方の選択と問題点」、10.に掲載)において、在宅勤務の普及に伴い雇用関係によらない働き方(請負等)を選択する個人事業者の増加と零細化について法的観点等から検討したが、その成果は本研究にも直接活用できるものである。一方で、コロナ禍を契機に小規模事業者のデジタル化が加速する分野もあることから、それらの動向も視野に入れて今後の研究の推進方策の見直し(8.で説明)を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
令和2年度では、令和元年10月1日からの消費税率の引き上げや軽減税率の導入による小規模事業者への影響について、各種の事業関係者や消費者に対してアンケート調査等を実施し分析を行うことも計画していた。消費税率の引上げ等によって、資金繰り等で特に大きな影響を受ける可能性が高い業種は、飲食店業や宿泊業、その他労働集約型のサービス業であると推測される(8.で説明)。しかし、これらの事業者は、対人接触が多い人的役務提供業であることから、コロナ禍に対する感染予防の動きの中で、売上の減少など特に大きな影響を受けた。 このような状況下で、アンケート調査を実施しても、消費税率引き上げ等による小規模事業者の経営への影響度を的確に把握し分析することは難しいと考える。また、生存者バイアス(survival bias)によって、分析結果が歪められる可能性もある。すなわち、コロナ禍の影響を受けながらも生き残った小規模事業者だけが調査対象となり、廃業に至った小規模事業者が調査対象から除外されてしまった場合、アンケートの回答結果において、消費税率の引上げ等による影響が過少に評価されてしまう可能性も否定できない。 以上の通り、令和2年度においては、当初計画したアンケート調査ができなかったという点では遅れているといえる。しかし、人件費に着目して小規模事業者の業種別状況を分析するという視点に加え、コロナ禍を契機に新たな分析の視点(8.で説明)を見出して研究に着手することができたという点では進捗があったといえる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、消費税の課税ベースである付加価値の主要な要素である人件費に着目して小規模事業者の業種別状況を分析するという手法をとっている。消費税額の計算過程(間接方式)では付加価値の各要素が直接用いられることはない。しかし、その計算過程の背後にある人件費に着目すると、消費税が小規模事業者の資金繰りに与える影響を理解することができる。人件費は付加価値(利益、人件費、支払利息・割引料、動産・不動産賃借料、租税公課)全体の約7割を占めている(法人企業統計)。もし、ある小規模事業者において販売先への消費税の転嫁がまったく出来ていない場合、消費税の課税ベースである付加価値のうち人件費相当額に係る税額部分については、人件費が流出項目であることから、納税資金の裏付けがないことになる。消費税の転嫁が困難な状況にある小規模事業者で、人件費/売上高の割合が高い労働集約型の業種(宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業等)においては、このような問題が生じやすい。中小企業の労働生産性は国内大手企業の半分以下であり、その中小企業に多くの労働者が雇用されている状況にある(中小企業庁「2020年版 中小企業白書」第2章)。 本研究では、以上述べた理由等により、業種別の人件費/売上高の割合等に着目するのであるが、昨今のコロナ禍による経済への影響により、新たな視点からの分析も必要であると考えている。一つは、在宅勤務の普及に伴い雇用関係によらない働き方(請負等)を選択する個人事業者(クラウドワーカー等)の増加と零細化の進行である。もう一つは、コロナ禍を契機に小規模事業者のデジタル化が加速する分野の拡大である。これらの対照的な二つの動きに対して、令和5年10月から導入される適格請求書等保存方式(インボイス方式)がいかなる影響を与えるのかという視点からも、今後の研究を推進していく予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和2年度では、コロナ禍の中で、消費税率の引上げ等が小規模事業者に及ぼす影響や問題点について調査を実施しても、的確な回答データを得ることは困難と考え、事業関係者等に対するアンケート調査の実施は見合わせた。令和3年度においても、このような状況は変わらないと見込まれる。そこで、令和3年度では、上記8.で示した新たな2つの視点、すなわち、①在宅勤務の普及に伴い雇用関係によらない働き方(請負等)を選択する個人事業者(クラウドワーカー等)が増加するとともに零細化が進行すること、また、②コロナ禍を契機に小規模事業者のデジタル化が加速する分野が拡大することについて、それぞれ調査研究を進めることにしたい。 ①の動向は、令和5年10月から「適格請求書等保存方式(インボイス方式)」を導入するに際し、クラウドワーカー等の零細個人事業者が対応可能か否かの問題につながる。そこで、大手ネットリサーチ会社に委託して、それらの実態調査を実施することにしたい。一方、②のコロナ禍を契機にデジタル化が加速する小規模事業者においては、インボイス方式の導入に対してシステム的に対応できる可能性は高いと推測される。 コロナ禍による経済活動の変容を契機に、インボイス方式を巡る小規模事業者の対応が二極化する可能性も考えられることから、その特例制度の在り方を考察する上で必要な文献資料や各種データを入手することにしたい。
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